第16話

おばさまとの雑談は、それから30分ほど続いた。どうやら息子たちは実家に近寄ろうとせず、孫とも会えずに寂しい日々を過ごしているらしい。穏やかそうにみえて、経営の場では怖い鬼軍曹だったのかもしれない。


曲がりなりにも会社経営をしてきた実務家が、いまさら、地域のハイソとはうえ、浮世離れした年寄りたちとつきあって、病気談義や「運動療法」に時間をつぶすのもつまらないし、かといってこれから新しい趣味なりを探すのも、頼りない夫を家に置いて楽しむのは気がひける。


「桃ちゃんね、今度うちに遊びにいらっしゃい。是非に。これでも

そこらの年寄とは違って、向上心旺盛なの。若い人といろんな話をしてまだまだがんばるの」


3度目の訪問の後、おばさまはそういって、引き出しから名刺を取り出し、裏に手書きでスマホの番号を書き、桃子へ渡した。

表は金色の枠にとられ、中心にゴシック体で

{総合輸送・相談役・有栖谷ユキ}

と印刷されていた。厚紙のしっかりした作りの名刺だった。


「総合輸送?あの宅急便の、」

「そう、ウサギマークの軽トラ、みたことあるでしょ、アレ」

誰でもしっている大会社のオーナーなんて、おいそれと会える人でないことは、なんとなしわかる。だって今勤めてる、この病院の経営者や院長先生だって、恐れ多くて、目を伏せて挨拶する程度だから。


「もうすぐ退院だって。連絡くれれば、車を寄越すからね。約束よ」

桃子はおばさまのちょっと皺枯れた笑顔をみながら、深くお辞儀し踵を返した。

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