第5話

モテルことがうらやましいわけではない。それを話せる同姓の相手がまさしく自分だということに、微妙に納得がいかないのだ。

彼女はいつもこうだ。ならば付き合うのをやめたらいいのに、と思いつつ、社交的でない自分からしたら、世間を知るのにもっとも都合が良いのは真澄だった。私だってこの年で世間ずれしてボケたくない.

「桃子には悪いけど、別れた旦那とは全然タイプが違うんだ」

「何してる人なの」

「無職…」

「え?」

「でもすごいお金持ちなの。投資やってて」

「投資?」

まだ昼の高揚感がおさまらないまま、投資という言葉に一人胸の内で反応していた。

「デイトレーダーって、いってた。モニターたくさん並べて、ピコピコ、クリックして、儲けているって」

「どうやって?」

「知り合ったかって?会員制パパ活で親しくなったおじさんから紹介してもらったの」

なにィ、こいつパパ活してたのか!!

しかし真澄は桃子を無視して、さも楽しそうに彼氏の素性をしゃべり続ける。

「全部で20億くらいあるって、20億だよ。それもピコピコ、ゲームして儲けたんだよ」

せっかくモテルのに、普通の勤め人を好きにならない所が、らしい。籠に収まって子供を産んで家事をやって、などという、王道は好みじゃないのだ。せっかく真面目な先生を紹介してあげたのに、たった半年で別居してしまった。

「生活は別々にしてほしいんだって。ゲームはゲームなりに集中しなければいけないみたいで。生活の場所は分けたいっていうの。願ったりでさぁ、仕事も続けられるし。桃子とも遊べるし」

「子供はほしくないの?」

「今はいらない。彼も40億つくるまでは安心できないとかいって」

気の置けない仲で会う、さして時間をかけてもいない化粧の中にだって、桃子とはかけ離れた魅力があった。薄い口紅と鼻につかない香気が人の中身なんてどうだっていいと思えるほど、愛々しく思えた。

嫌味の一言でもいおうかと思ったが、後で虚しくなるのがオチだから、話題を変えて世間ずれの修正を行うことにした。

「投資といえば、今日銀行にいって確定拠出年金、やってきた。難しくてわかんないけど、とりあえず商品選択して。老後の安心のためにね」

「確定、、キョシュツ、なに?いまから老後の心配してどうするのよ」

だってあなたと違って、私はおひとり様まっしぐらだし、とはいえず、

「大事なことだよ、だって年金だけじゃ、足りないっていうし」

「ふーん、そうなんだ」

真澄はまだまだ彼氏の自慢を続けたいようだったが、桃子は無理やり自分の出番を作るために、会話に息を継がなかった。

「ビール、お替り」

タブレットの電子音が鳴って後、桃子は酔ったはずみもあって、母親から受け継いだ貯金の額ぷらすこれまで貯めた金額を思わず、しゃべってしまった。

「1200万、貯金あるから、私も投資してみようかな。真澄の彼氏にご指導してもらって、あ、いや、いいや、大丈夫」

「1200万、結構、あるね」

その時、桃子はやはり昼間の男のことを想い出していたが、そうとはしらない真澄は、1200万?どうってことないけど、みたいな顔つきで、活きのいいマグロに箸を運んでいた。ところであなたの恋愛事情はどうなの、と聞き返さない所が心の余裕をチラ見させているようで、恨むどころか、かえって可笑しくなった。

私の負けだよ。ちょっといい男に会ったからって、夢想しているだけ。馬鹿なのはわたしだよ。

バーゲンセールのダサい服装で、太い脚とおばさんストッキングに、履き崩したシューズが揃えば、いっちょ上がりってこと。

親のコネで絶対つぶれることのない電力会社に勤めるあなたより、何倍も格下よ。

「桃子さぁ、怒らないで聞いてよ。もうちょっと、なんていうか…」

「いいの、私、おひとり様決定だから」

「それでもさぁ」

真澄が本質的に性悪だったら、多分、こんなこといってくれないと思う。メイクで頑張れば、3ランクくらい綺麗にみせることもできるといってくれるし、フィットネス集中して、身体を絞って、服装をコーディネートすれば、わたしのように、とは言わなかったが絶対男はよってくるといってくれた。嫌味に感じるどころか、彼女の性格上多分、それは本音だと信じるから、ここは素直に受け取って、ちょっとだけうれしい。飲みの終わりに定期的に、こうやって真澄は私のモデルチェンジを勧めてくれる。

でも、いいよ。もう。

着飾るなんてめんどくさいし、私には毎月のお給料と平穏な日常があれば十分。他人に気をつかって、それがたとえ、とことん好きな男でも若い頃同棲したあの気苦労を想い出すと、とてもじゃないが今さら他人と生活を共にすることなぞできない。

歯ブラシを取り違えた日にゃ、吐き気がして卒倒するよ。

おんなじ器で、面とむかって、赤の他人と毎日、食事なんてできるかって!

絶対イヤ!!

「お会計、今日は私の月ね。桃子さ、そんだけ貯金あるなら次からランクアップしようか」

「いいよ、いいよ。居酒屋で十分。外食ってだけで私には贅沢なんだから」

しめて4200円、真澄はスマホを2回押し、電子決済を済ませると、

「今度、彼氏に会ってね」

と立ち上がった。

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