第4話

「お待たせしました。こちらになります。書く欄がたくさんございます。後日郵送でかまいませんので…そういえば!名刺差し上げるのを忘れておりました。大変申し訳ございません。私、支店長の小黒と申します」

小黒はそういってスーツの内から名刺を取り出し、桃子に渡した。イチゴのロゴが入った真新しい名刺だった。メールアドレス、携帯番号が書いてあった。いずれも個人用と横にうってある。

「あ、申し訳ありません。それはプライベート用だった、こちらに…」

そういって机にあったケースから別の名刺を取ろうとした時、

「ところで」

と動作をとめて、桃子に振り返った。

「お客様、投資に御興味、ございますか」

「…投資、興味…ですか?」

桃子はすでに30分近く説明を受けた後で、まだこの、清潔な男の話を聞きたい衝動に駆られていた。

「興味なら、あります」

「なるほど。あ、でもお時間おとりして申し訳ないので、もしよろしければ日を改めてご連絡差し上げてもよろしいでしょうか。あるいはご興味いただければ、日を待たず私の方に直接ご連絡いただいてもかまいません。プライベート用で、不躾ですが、その名刺をお持ちください」

小黒は業務用の名刺を取ることなく、桃子に、顔の作りとはまるっきりそぐわない丸い笑顔を作った。

「あ、はい。興味、興味…ですね。わかりました」

桃子は一礼し、なんとなく後ろ髪がひかれるようにその部屋を出た。本音は一人の客に多くの時間を割くことができないため、出されただけかもしれない。しかし職場には皆無のこのタイプの男と、結構長い時間過ごせたことで、不思議と気分が高揚していた。異性の感覚という意味では、久しぶりの体験だった。


職場の駐輪場に着き、スマホを開けると、腐れ縁の真澄からメールがきていた。

{今日、空いてる?}

「いつも空いてるよ」

そうつぶやくと、さっさと自転車に乗り、年寄臭い牛皮バックともども前輪の籠に、スマホを突っ込んだ。


全国チェーンの居酒屋で待ち合わせるのがルーチンだった。店の隅にトイレの横という格下のテーブル席があって、そこは五重塔の心柱のようなオブジェの赤い柱があり、トイレとは暖簾でしっかり仕切られ個室のようになっていたので、会話がしやすく二人の時は好んで使っていた。

阿木真澄、年は私より2つ下。実をいうと彼女はモテル。私と違って、服装も身だしなみも、なにもかも洗練されている。顔はもちろんのこと、美しい。というか、かわいくて、たいていの男は好きになるはず。

「結婚するかもしれない」

「え、また?」

レモン酎ハイを半分飲んだところで、真澄はさっきから我慢していたらしい、言葉を吐いた。

「ウン、また」

彼女は桃子がキューピットになったとある医者と、1年前に離婚したばかりだった。

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