第4話 STATUE AND THE “LUNATIC”

 冒険者道具店“ミルタバルの眼”。小さな店構えではあるが、100年の歴史を持つ老舗だ。

 店主であるレプラカーンのお婆さんとアドラが談笑する傍ら、シエルは右手に持った、『Ⅱ』というシールが張られたポーションをじっと見つめていた。

 この体勢になってから既に3分が過ぎようとしている。


「アドラちゃん、最近はあのポーションが流行ってるのかい?ちょっと前にエルフのお兄さんが『色々試したいんだ』とか言って、あのポーションを大量に買って行ったんだよ」


石化解除のキュアストーンポーションが…?、いや、流行っているなんてことはないと思うが…」


「あれはたまにか入荷しないから、お陰様で今うちの店舗にあるのはあの1瓶だけなのさ。…大きな鎧のお兄さん!もし買ってくれるならアドラちゃんのお友達ということで100ガメル値引きしとくよ!」


「ん?…あ、あぁ…ありがとな婆さん」


 石化解除のキュアストーンポーションには一般的に3段階のグレードがあり、それぞれ「500G」「2000G」「10000G」の定価で販売されている。

 シエルが今手に持っているポーションは2段階目の「2000G」のポーションだが、この店では定価より安く販売されていた。


(値引き込みで1800Gだから定価よりはかなり安い気がするが…やっぱたっけえなーーーー…。でも、ラルゴのじいさんは『Ⅱ』以上じゃないと強い魔物相手には効果が薄いって言ってたしなぁ)


 シエル程の冒険者となると、初級冒険者では対処できない様な手強い魔物を対象とした依頼が回される機会も増えてくる。

 シエルはまだ直接対峙したことはないが、そういった魔物が持つ石化能力は、毒や呪いの力が強く、安価で効能が薄い1段階目のポーションでは効き目がないことがある。

 現に、先日のグールメイジが持っていた“幻獣カトブレパスの眼”の石化の呪いに対しては、1段階目のポーションでは解除できない可能性が高かったであろう。


(しかし、石化持ちの魔物ってそんなにポンポン出てくるものなのか?…この前は役にたったけど、アレとじいさんの魔法以外は今まで見たことないしな…でも、さっき婆さんが流行っているとか言ってたな…うーん)


 強力な魔物の中には、確かに石化のような厄介な能力を持つが故に危険視されている魔物も多いが、とはいえ、それらと頻繁に対峙するものであるかと聞かれれば、答えは否だ。

 それに、わざわざ高額なポーションを使って治療をしなくとも、パーティの中に石化を解除できる神官がいれば、魔力を消費するだけで済む話である。

 風来坊のシエルは、ソロで依頼を受ける機会も少なくないため、一人であらゆる状況に対処できるようにしておくに越したことはないが、シエルが現在ここまで“石化”に拘っているのは、一重に『ジニアスタ・トーナメントで敗北したのが悔しい』という理由が大きかった。

 先日使用した2段階目の石化解除のキュアストーンポーションも、その悔しさから半ば衝動的に購入したようなものだ。


(やっぱ、もう少し考えるか…)


 シエルが商品棚にポーションを戻そうと顔を上げた時、どこからか熱い視線を浴びていることに気が付いた。

 体を視線の方向に向けると、そこには片目に黒い眼帯をした神父服の青年が立っていた。

 青年の視線はシエルではなく、手に持った小瓶に向けられているようだ。


「なんだ、坊主。こいつが欲しいのか?」


「おっと、これは失礼した。我が抑えきれぬ闇の視線に、悪寒を覚えさせてしまったかな?」


「そんなことはねえが…」


「ならば良かった。して、白銀の竜騎士シルバー・ドラグーンよ。それは石化を治すことのできるポーションか?」


「あぁ、そうだ」


「ほう、そうかそうか!随分と吟味していたようだが、やはり冒険にはそのポーションは必須か?」


「あー…いや、こいつはそんな頻繁に使うものでもないと思うぜ。結構値も張るしな」


「ふむ、というと、200ガメルぐらいか?」


「いや、1900ガメルだ」


「せ、せんきゅー?ハッハッハ、急に感謝の言葉を述べられても困ってしまうぞ。俺は値段を聞いたのだ、白銀の竜騎士シルバー・ドラグーンよ」


「1900ガメルだ」


 青年は石化したようにしばらく固まったあと、腕を組んで盛大に高笑いした。


「ハーハッハッハッハ!我が眼に封印されし邪神の力が抑えきれぬ時のために購入も考えていたが…今回は見逃してやろうではないか!!ハーハッハッハッハ!」


「…?。眼帯の坊主も冒険者だよな。もしかして、このポーションがこっちじゃ流行ってたりすんのか?」


「ん、俺か? 俺はまだ冒険者ではない…いや、小さき人々の視点でみればそうだが、時空をも超越した神々の視点で見れば、冒険者…否!もはや英雄といっても過言ではないだろう!」


(どっちだよ)


白銀の竜騎士シルバー・ドラグーンこそ、その立派な鎧、相当手練れの冒険者と見たが、間違いはないか?」


「あぁ、まあな」


「おぉ!俺は今、我が英雄譚を刻むに相応しい冒険者ギルドを探しているところなのだが、良いギルドを知らないか?無論、其方のギルドがそうということであれば、それでも構わないぞ」


「あー…俺はここから遠く離れた地方の冒険者でよ。ここら辺のギルドのことはあんま知らねえんだが…」


「なに?そうだったのか」


「そうだな…坊主、“移動式冒険者ギルド”っつうのに興味はねえか?」


「“移動式冒険者ギルド”…?なんだそれは、ギルドに足が付いているのか?」


「魔動列車を冒険者ギルドに改造したものでよ、ギルドごと列車で移動できるから遠くの依頼地にすぐに行けるだけでなく、行こうと思えば他の地方にまで行けるっつう話だ。これからの冒険者ギルドはこいつが熱いって言われてるらしいぜ」


「ほう!それは面白そうだ!では、何という名のギルドか教えて貰っても良いか?」


「ええと、確か…あぁ、スケール・オブ・ハローだ」


「“挨拶の鱗スケール・オブ・ハロー”?…変わったギルド名だが…覚えておこう!感謝する!」


「ついでに、俺が所属している冒険者ギルドはブルライト地方のハーヴェス王国にあるギルド“漆黒の刃”。そんで、俺の名前はシエル・レーヴァテインだ。まあどこかで縁があったらよろしくな」


「おっと、そういえば、俺も名を名乗るのを忘れていたな!…我が名は…!」


 青年はバッと眼帯を手の平で覆うと、まるで天を仰ぐようにその手を伸ばした。


「“月夜の聖騎士セイクリッド・ムーンナイト”!エルマイル・フォン・ハーベルンだ!月神シーン様により、この世に召されし使徒である!」


「おう、よろしくな。イザマイル!」


「そうそう、武人が正々堂々と戦いを始める時に言う掛け声ね…って違うわ!エルマイル・フォン・ハーベルンだ!」


「すまんすまん、エグザイル」


「フッ、穢れた血を持つ我が身は、清廉な人間達からは受け入れられず、“追放者エグザイル”となる運命なのだ…って、それも違ぁう!セイクリッド!ムーンナイト!エルマイル!フォン!ハーベルン!」


「セーラー・ムーン?」


「すごく聞き覚えがあるけど知らない!」


「悪ぃ、名前を覚えるのが苦手でな。眼帯の坊主でいいか?」


「…ふん、まあ、いずれ英雄となった暁には、我が名はアルフレイム大陸中に轟くことになる…。そうなれば、嫌でも覚えることになるとも!」


「ほう、そりゃ楽しみだな」


「楽しみにしておくといい!それでは、父を待たせているのでね。俺はそろそろ失礼するとしよう!また会おう!白銀の竜騎士シルバー・ドラグーン、シエル・レーヴァテインよ!」


「おう、じゃあな、眼帯の坊主」


 エルマイルは店中に響き渡るような高笑いをしながら、バタンと扉を閉め、店をあとにした。

 その様子を途中から見ていたアドラが口を歪めながらシエルに近づき声をかけた。


「随分と変わった青年であったな」


「…なあ、おっさん。…あいつなんかニトライドの坊主に似てなかったか?」


「……全く似てないと思うが?」


 後日、エルマイルが“挨拶の鱗スケール・オブ・ハロー”と言う名の冒険者ギルドを探し回るのにかなりの時間を有したのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソードワールド2.5外伝『竜鎧の王子、キングスフォールへ行く』 アトラ @atra_at

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ