第3話 Diamond crossing

 キングスレイ鉄鋼共和国の首都、キングスフォールにあるグランドターミナル駅。

 この駅は周囲を外壁に覆われたキングスフォールの入り口の役割を担う、キングスフォールの象徴にして首都最大の駅である。

 駅から北、東、南の3方向へと延びる鉄道は、その先へ辿っていくと他の地方にまで続いており、“全ての鉄道はこの駅に通じている”と言われている。

 単なる鉄道駅の常識を遥かに超えた大きさを持つ建物の内部には様々な施設を有し、その最上階は国会議事堂になっているほどだ。


「すまんなぁ、シエル殿。まさか、わしの冒険者ギルドが全て出払っているとはなぁ」


「いいや、構わねえさ。それだけあんたのギルドに需要があるっつーことだろ?」


「おう!つまりは、そういうことじゃな!まぁ、明日には何台か帰ってくると思うから、うちのギルドに関しては、また後日紹介するとしよう」


「にしても、代わりに駅内を色々と案内してくれて助かったぜ。こりゃ、俺だけじゃ確実に迷ってたと思うからな…」


「ははは、この駅は一部から“グランドターミナルダンジョン”と呼ばれとるぐらいじゃからな」


「あんたの冒険者ギルドじゃねえが、あの“夢の旅路亭”…だったか?っつうギルドも中々興味深かったぜ」


「あの冒険者ギルドは主に『他では対処できないと判断された案件に実力のある冒険者をヘルプで送り込む』ことを生業とするギルドじゃからな。必然的にそれが解決できるだけの実力者が揃っているというわけじゃな」


「つまり、あのギルドに所属しているというだけで、冒険者として箔がつくって訳か…」


「あの、シエル殿…」


「なんだじいさん、だからって別に俺も“夢の旅路亭”に入ろうって訳じゃ…」


「いや、ちょっとトイレ行っていいかの?」


「……。」


――――――――――――――――――


 グランドターミナル駅1階のトイレの前で、多種多様な人々が行き交う駅の景観を眺めながら、シエルは一人思案に耽っていた。


(“王が斃れた地キングスフォール”…か)


 キングスレイ王殺し鉄鋼共和国と首都キングスフォール王の陥落。どちらも民によって「王なき国」を築くことを誓って付けられた名だ。

 その名に込められた意味は真逆なれど、表面上はシエルの二つ名である“からの玉座”と同じ結果を示していた。


(そりゃ、スヴァンス家もここじゃなくてゴルケブルク大公国を拠点とする訳だ)


 ごん!シエルの足に何かがぶつかる。

 足元を見ると、そこには頭を抱えて尻餅をついているいるミルクティー色のタビットの少年がいた。


「いてててて…」


 シエルは少年を心配して上から覗き込むが、少年がシエルを見上げると、その鎧の奥の眼光は、まるで彼を睨みつけているようにしか見えなかった。


「うぇっ!?…ごめんなさいだぞ!」


「よう、坊主。怪我はないか?」


「うん!大丈夫だぞ!」


「そいつは良かった。前を向いて歩かないと危ないぜ?」


 見かけによらず優しそうな声色で話かけてきたシエルを見て、少年は胸を撫でおろすと同時に、はっと何かを思い出し、長い耳をぴんと垂直に立たせた。


「あっ、そうだ!牛のマークの付いた服を着たドワーフを見たことないか?」


「牛のマーク…?」


 シエルは記憶を遡ろうとするが、その人物はすぐに検索にヒットした。


「…そいつはオーロックスのじいさんのことじゃねえか?」


「あー!そうだそうだ!オーロックスさんだ!」


「オーロックスさんを探しているのか?」


「そうだ!」


 シエルは、そういえばあのじいさんはいつも牛の顔の模様が描かれた服を着ていたなぁ…なんてことを思い出していると、今更ながら、少年が自分の身の丈よりも大きなスタッフを持っていることに気付いた。


「坊主…杖を持っているが、もしかして冒険者か?」


「そうだぞ!ぼくは強い冒険者にんだ!」


 シエルは少年の「なる」という言い回しを聞いて、少年がオーロックスを探している理由に合点がいった。


っつうことは、これから冒険者か。いやぁ、眩しいねぇ…」


「そうだ!」


「俺は、ここから遠く離れたブルライト地方のハーヴェスってところから来た冒険者でよ」


「おお…!」


 タビットの少年は、青くまん丸い目をキラキラと輝かせる。


「最近ハーヴェスからこっちの地方までの鉄道が開通したからな。せっかくだからちょっくらこっちの冒険者ギルドの視察…まあ、今日は観光みてえなもんだが…をするために、オーロックスのじいさんに案内をしてもらってたんだ」


「そうなのか!…そのオーロックスさんはどこに行ったんだ?」


「ん?あぁ、今トイレだよ」


「トイレか!?」


「おう、そろそろ出てくるんじゃねえかな」


 すると、丁度そのタイミングで、ジャーと言う水洗の音と共に、牛の顔が描かれた服をきたドワーフがトイレから姿を現した。


「おー、シエル殿!すまなかったな」


「お前か!」


「ん?なんじゃ、タビットの坊主」


「お前、オーロックスか!?」


「そうじゃ、わしがオーロックス・アイアンオックスじゃ」


「おーい!オーロックスさんいたぞー!」


 タビットの少年は大声をあげながら人混みの中へ駆けて行った。


「なんじゃ、あの坊主。わしを探しとったのか?」


「らしいぜ、ギルド支部長さん」


 しばらくして、メイスを腰に携えたナイトメアの青年の手を引きながら、タビットの少年が戻ってきた。

 更にその後ろからゴーグルを頭に乗せた赤茶髭のドワーフと、大剣を携え上半身に痣をもったナイトメア、オドオドと挙動不審なレプラカーンの老人が続いた。


「いたぞオーロックス!トイレにいたぞ!」


「すごいなウィン!もう見つけたのか!…って、トイレ!?」


 オーロックスは怪訝そうな顔をしていたが、赤茶髭のドワーフを見ると、片方の眉をあげた。


「む?お前、バルドじゃないか、どうした?」


「オーロックスさん、今日は約束の日ですよ。ひどいじゃないですかぁ!」


 赤茶髭のドワーフからそう告げられたオーロックスは、ぎょっとした表情をする。


「あ"っ!…そうじゃった、今日はバルドと約束をしとったんじゃったな…」


 赤茶髭のドワーフ、バルドリック・ヘルナンド・ストラスフォードとの約束を思い出したオーロックスは、頭をぼりぼりと搔きながら、気まずそうにシエルの方に顔を向けた。


「すまんが、シエル殿…」


「あぁ、俺は構わねえぜ。どっちにしろこの後、アドラのおっさんに街案内してもらう予定だったからよ」


「おぉ、そうであったか。そういえば、そもそも今日帰ってきたのはこの約束の為だったことを、すっかり忘れておったわい…」


 オーロックスの事情を察したシエルは、ないはずの予定を言って彼らから背を向けた。


「じゃ、俺はこの辺で失礼するわ」


「ありがとな!」


 ウィンの感謝の言葉に対し、シエルは背中を向けたまま軽く手を振り、颯爽と立ち去って行った。


「ウィン、今の知り合いか?」


 メイスを携えたナイトメア、クロノス・ケンドリックはウィンに問いかける。


「いいや?たまたまオーロックスさんの居場所を教えてくれた冒険者だぞ!」


「あぁ、シエル殿はハーヴェスの冒険者でな。中々の手練れなんじゃ」


「手練れの冒険者…!」


 レプラカーンの老人、ポッチから小さく歓声が上がる。


「で、お主たち、なんのようじゃ?バルドがわしに用があるのは分かるが…」


 クロノスがぎゅっと拳を握りしめる。

 大剣のナイトメア、エレンが何かを言いかけるが、それよりも速くクロノスが一歩前に出て、大きく口を開いた。


「…俺たち、冒険者になりたいんです!」


「……ほぉう?」


 オーロックスは片手でメタリックブラックの髭をいじると、両眼をぎらりと輝かせた。


――――――――――――――――――


 シエルは、グランドターミナル駅内部にあるストラスフォード神殿の中に入ると、神官と談笑しているアドラの姿を見つけた。

 アドラもすぐにシエルの姿に気付いたようで、神官と話を切り上げるとこちらへと近づいてきた。


「アドラのおっさん、調子はどうだ」


「おぉ、シエル殿。すまないな、石化の解除はすぐに終わったんだが、久しぶりに会った神官仲間と話し込んでしまってね」


「そいつは良かった。…それよりおっさん、甘党だっただろ。これ、食うか?」


「これは、クレープ?」


 そういってシエルが差し出したのは、確かにクレープのようなのだが、黄緑色のアイスから深緑色のドロッとした液体が流れ出ている。

 これだけ聞くと、メロン味のシャーベットとソースを連想するだろうが、そのアイスやソースは妙に薄暗い色をしており、ところどころつぶつぶとした固形物が混ざっていた。


「シエル殿、これは何の味だ?」


「……ゴブリンの生き血味らしい」


「なんでそんなものを…」


「この神殿の場所が分からなくて迷ってたら、親切なクレープ屋の姉ちゃんが道を教えてくれたんだよ。その礼としてクレープを1個買ったんだけどよ。何でもよかったからオススメを作ってもらったらこれを渡されたんだ…」


「なるほど…。私は遠慮しておくよ、シエル殿が食べると良い…」


「そうか…」


 アドラはグランドターミナル駅にある“カルディアの恩寵”という人気クレープ屋の看板娘が、奇天烈な味の新作メニューを客に勧めるという噂を思い出したが、一つだけ解せないことがあった。


(確かそのクレープ屋があったのは、駅のホームのはずなのだが…何故、シエル殿はホームに向かったのだろうか…)


「あー、アドラのおっさん。わりぃけど、冒険者道具店に寄ってもいいか?ポーションが買いたくてよ」


「…ふむ、であれば、私の家の近くにある行きつけの店を紹介しよう。グランドターミナル駅で買うよりは安上がりに済むと思うぞ」


「おぉ!そいつは助かるぜ。…ん、そういえばおっさん、確かあんたの両親も神官だったんだよな。これから実家に行くんなら、何でわざわざ駅の神殿で治してもらったんだ?家で治してもらえばタダじゃねえか」


「…久しぶりに帰ってきた息子が半分石化していたら親が心配するだろう?せめてたまに会う時ぐらいは、元気な姿を見せたいと思ったのだよ」


「…あー、確かに。そりゃそうだな」


「そうだろう?さて、それでは向かうとしようか」


(親が心配する…ねえ。俺の親も今頃心配して…るわきゃねえか!)


 シエルが甲冑を脱いでクレープに噛り付くと、緑黄色野菜をすり潰したものを牛乳アイスに練り込んだような味がした。

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