第2話 PRICELESS

「く、来るな!倒してやるぞ!」


 タビットの少年は木の箒を持ち、相対する怪物に涙目で睨みを利かせている。

 怪物が一歩少年に近づいた。


「うわぁあっ!!」


 少年が箒を振り下ろすが、その箒は怪物の手によって難なく振り払われる。

 箒はカランカランと甲高い音を上げ、床を転がっていった。


「ひぃ…!」


「グクク!…グガァッ!」


 恐怖に震える少年に、怪物の凶爪が遅いかかる。

 しかしその爪先は少年に届くことなく、鉄壁の鎧によって防がれた。


「グ!?」


「大丈夫か、坊主」


「…あ、う、うん…!」


「そいつぁ上々!…ふんっ!」


 シエルは、グールの顎から脳天に向けて槍を突き刺すと、そのまま壁に叩きつける。

 シエルが槍を降ろすと、グールの身体はまるで人形のように床に転がった。


「ふう…こいつで最後か?」


 足で踏みつけられ、槍を引き抜かれたグールはびくんと一度痙攣し、そのまま二度と動かなくなった。

 引き抜いた槍には、どのグールのものかも分からない液体がべっとりと付着している。


「ちっ、やりすぎたな。随分と汚れちまったぜ。…微風かぜよ!」


 シエルが合言葉を唱えると、長槍に巻き付いていた白い布が大きくはためき、シエルの鎧と槍の表面を風が包み込む。

 すると、鎧と槍に付着していた汚れが綺麗に取り払われた。


「相変わらず便利だな、これ」


「あ、あの…!」


 シエルが後ろを振り向くと、先ほど助けたタビットの少年が目をきらきらと輝かせながらこちらを見ていた。


「あ、ありがとうございます!」


「おう!良いってことよ!坊主こそ、よく頑張ったな」


 シエルは少年の頭をポンと叩いてその場を立ち去ろうとするが、少年の眼差しがシエルを捉えて離さない。

 何か用があるのかと思って立ち止まってみたが、少年の口はパクパクと空振りを繰り返していた。


「…?」


「…あ、あの…えっと…あの…!」


 少年はシエルに何かを言おうとしている様子だったが、何を言おうか自分の中でも定まっていないようだ。

 シエルは少年に背中を向けると、グッと親指を立てた。


「次は坊主の番だ、後は任せたぜ」


――――――――――――――――――


 シエルが駅の前に戻ると、丁度同タイミングで戻ってきたアドラと無事に合流することができた。

 しかし、アドラの動きは緩慢で、非常にぎこちなく見える。


「そっちも済んだか、シエル殿」


「あぁ、これで一件落着ってとこかねぇ」


「すまないな。私の身体が十二分に動かないばかりに、ほとんどシエル殿に任せてしまったようだ」


「構わねえよ、俺こそ、ポーションを2つ持っていれば良かったんだがな」


「いいや、むしろよく石化解除のキュアストーンポーションを持っておられたな。あれがなければどうなっていたことか」


「あー…石化にはちょいとばかし痛い目を見たからな…。まさかこんなすぐに使うハメになるとは思ってなかったが…。はあ、キングスフォールに着いたらまた買うかぁ…」


「私も、キングスフォールに着いたら神殿でこの呪いを治療してもらうことにするよ」


(結構高いんだよな~、あのポーション。くっ、2000ガメルが…)


 彼らがひと段落ついて身体を休めていると、一人の男性が近づいてきて二人に話しかけた。どうやら彼はこの町の代表者のようだ。


「あの、冒険者様、この度はありがとうございました…!」


「なに、このタイミングで私達が居合わせられてよかったですよ」


「はい…!助かりました!それでー…こちら、謝礼の方ですが…」


 男性はガメルが大量に入っているであろう布袋を持ち上げる。

 シエルの体勢が一瞬で前かがみになった。


「おっ!!謝礼くれn「いえ、謝礼は結構ですよ。当然のことをしたまでですから」…!?」


「そんな!街を救って頂いて謝礼なしというのは…!」


「犠牲者も何人か出ているし、街の復興も大変でしょう。謝礼分はそちらに当ててください。我々はただの通りすがりですから」


「……。」


 前かがみになっていたシエルの体勢はゆっくりと後ろに下がっていった。


「おぉ…!なんと謙虚な冒険者様達なのだろうか…!」


「冒険者である前に私は一人の神官。そうでなくても、目の前の人を助けるのは当たり前の行動ですよ。シエル殿もそうであろう?」


「…あ、あぁ、そうだなァ…」


 シエルは腕を組みながら、天を仰ぎそう答えた。


――――――――――――――――――


「ぬっ、これは中々旨いではないか」


 キングスフォールに向かう魔動列車の中で、オーロックスがもぐもぐと団子を頬張りながら感想を述べる。


「そうであろう?前にあの街に立ち寄った時にも食べたのだが、これが中々美味しくてね。あの街に行ったらもう一度食べたいと思っていたのだよ」


 アドラも尻尾で摘まんだ団子を口の中へ放り込むと、満足気な表情を浮かべた。


「旨いのは良いんだけどよ!なんでオーロックスのじいさんまで食ってんだよ!これは俺とアドラのおっさんが街を救った謝礼代わりとして貰ったもんだろうが!」


 シエルは珍しく声を荒げながら、バン!と飲食用のテーブルに手を置いた。


「なんじゃ~、ケチじゃのう~。あー…そうじゃ!わしがいなかったらお主がこの街に来ることもなかったのだし、わしだってこの街を救ったみたいなもんじゃろう!のう!」


「ははは、確かにそうかも知れんな、オーロックス殿。ほら、シエル殿も食べると良い、旨いぞ」


「お、おぅ…はぁー…ま、いいか…」


 シエルは大きく溜息をつきながら、自分の席に座りなおすと、甲冑の頭部をテーブルの上に置いた。


「ぬ!?お主、そのような面構えをしておったのか!この旅で初めて見たんじゃないか?!」


 オーロックスのオーバーリアクションを聞いて、アドラも横を振り向くが、車窓から差し込んだ夕暮れの光が、丁度シエルの顔を覆い隠す形になっていた。


(ん?先ほどまでこんなに光が強かったか…?)


 シエルはオーロックスの発言を無視して、街名物の団子を豪快に口に放り込む。


「もぐ…もぐ…はぁー…、これが2000ガメルかぁ………うまっ!」


「旨いだろう。だがこれは20ガメルぐらいだったと思うぞ、シエル殿」


「…わかってるよ、おっさん!!」

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