第52話


 夜分遅くに紙袋を抱えてやって来たのは、エマの友人である遠藤小鞠だった。


 大学生時代から親交のある小鞠は百合漫画家で、以前彼女からインタビューを受けた経験もある。


 紙袋から彼女が取り出したのは、可愛らしい女の子が表紙を飾っている漫画本3冊だった。


 「これは…?」

 「愛来ちゃんとエマをモデルにした漫画、完成したから」


 以前インタビューをされた内容をきっちり反映したものらしく、かなり評価が高いのだと小鞠が言葉を続ける。


 気恥ずかしさを覚えながら、漫画を手に取ってパラパラと捲っていく。


 「人気だからって3巻まで出させてもらえてさ。本当に2人のおかげだよ」


 名前は違うけれど、作中に出てくる女の子達は確かに愛来とエマに似ている。


 気の強い女子高生と、色気溢れた年上女性との恋愛物語。


 最終巻である3巻のラストページには、ウェディングドレスを着た主人公と女性が幸せそうに微笑んでいた。


 「…ハッピーエンドなんだ」


 こっそりと、嬉しくなってしまう。

 万が一バッドエンドで終わったらどうしようと、少しだけ焦っていたのだ。


 「エマは読まないの」

 「これから配信」


 ゆっくりしていってね、と言い残してエマが部屋を後にする。


 リビングで二人きりになれば、小鞠が改めてと言ったように手を合わせた。


 「勝手にモデルにしてごめんね。今度何かご馳走するから」

 「いえ、なんか嬉しいです」


 名前も筋書きも違うけれど、二人をモデルにしたお話が最高のハッピーエンドで終わっている。


 「私もエマも女同士だから…やっぱり異性同士の恋愛よりも苦労するのかなって…」


 ウェディングドレスを着ている二人をじっと見つめる。


 幼い頃から漠然的に、将来は好きな誰かと結婚式をあげたいと思っていた。


 歳を重ねた今は、既に心に決めた彼女がいる。


 遠い将来結婚式を開いた時、ウェディングドレス姿のエマはきっと酷く綺麗なのだろう。


 その隣を絶対に誰にも譲るつもりはなかった。


 「…愛来ちゃんの夢なんでしょう?」

 「え…」

 「好きな人と結婚式挙げるの」


 どうして小鞠が知っているのか戸惑っていれば、彼女がトートバッグからタブレットを取り出した。


 「これ、愛来ちゃんをモデルにするときにインタビューしたじゃない」


 最初は口頭でインタビューに答えていたが、段々気恥ずかしくなって、最終的に文書ファイルでアンケートを答える形に変更したのだ。


 2年前の愛来は確かに、将来の夢の欄に「好きな人と結婚式を挙げること」と書いていた。


 「…エマなら叶えてくれるよ。あんなんだけど、お金はめっちゃあるから凄い豪華な結婚式開いてくれそう」


 冗談めかしで笑った後、小鞠の目線が下がる。

 僅かに、彼女の瞳はウルウルと涙の膜が張っていた。


 「ありがとうね」

 「え… 」

 「昔ね、エマが言ってたの。真面目に恋をしても意味ないって…自分を愛してくれる相手は来ないんだって……期待しても辛いだけって言ってたあの子が、もう一度前を向けたのは…人を信じようと思えたのは、全部愛来ちゃんのおかげだから」

  

 友人として長い間そばに居たからこそ、小鞠も思う所があったのかもしれない。


 友人が日に日にボロボロになっていく様を見続けて、彼女なりにずっとエマのことを心配してくれていたのだ。


 「…だから、ありがとう。エマにもう一度愛を教えてくれて」


 じんわりと、小鞠の言葉を噛み締める。


 エマは沢山苦労をして傷つけられたけれど、もう一度前を向いて、歩き出せた。


 だけどそれは決して当たり前ではなくて、エマが強くなったからこそ、愛の為に勇気を出したのだ。


 最近は忘れがちになっていた、エマが隣にいる幸せ。

 好きな人と一緒にいられるのは決して当たり前ではない、奇跡のようなものなのだ。






 窓の外には大粒の雨が降り注いでいて、せっかくの休みなのにこれではどこにも出掛けられない。


 本格的に梅雨を迎えて、最近はジメジメとした季節が続いているのだ。


 「雨止まないね」


 湿気で髪の毛は広がるし、ビューラーでまつ毛をカールしてもすぐ下がってしまう。


 梅雨の時期だけまつげパーマを掛けようかと考えていれば、エマに声を掛けられる。


 「……愛来、こっちおいで」


 手招きをされて、彼女の隣に腰を掛けた。

 

 そのままそっと、左手を持ち上げられる。


 「……えー、新婦の星宮愛来さんは、一条エマさんとの愛を誓いますか」


 一体何を始めようとしているのか。

 戸惑いながら、一つしかない答えを渡す。


 「ち、誓います…」

 「私にも言って」

 「なに、結婚式ごっこ?」


 クスリと笑えば、「いいから早く」と急かされてしまう。


 一度咳払いをしてから、先程のエマの言葉を真似するように復唱した。


 「同じく新婦の一条エマさんは、星宮愛来さんとの永遠の愛を誓いますか」

 「誓います」


 背中に手を回した彼女が取り出したのは、ネイビーカラーのリングケース。


 箱を開けば、綺麗なシルバーリングが二つ並べて仕舞われていた。


 そのうちの一つを取り出して、愛来の左手の薬指に嵌めてくれる。


 ぴったりなサイズで、途端に愛来の左手が華やかになる。


 「え…」

 「ぱんぱかぱーん」


 ふざけた効果音で盛り上げようとしているが、愛来は驚きでそれどころではない。


 「なにこれ…」

 「指輪」

 「指輪って…見ればわかるけど」


 珍しく照れ臭そうに、エマがはにかむ。


 頬をピンク色に染め上げながら、優しく言葉を溢してくれた。


 「前、小鞠が言ってたから…」

 「え…?」

 「愛来が結婚式のシーン見て羨ましそうにしてたって…それは仮押さえの分。結婚するときは二人でちゃんとしたの買いに行こう?」

 

 リングケースに収められた、もう一つの指輪に視線をやる。

 大好きなエマとお揃いの指輪に、心の奥底から幸福感が込み上げてきていた。


 「……恋人らしいことしたいなって思ったんだけど、ダサいかな…?」

 「全然…ぜんぜんダサくない。すごく嬉しい」


 愛来の言葉に、エマがホッとしたように胸を撫で下ろす。


 「結婚式はどこがいい?」

 「せっかくだから海外は?」

 「仰せのままに」


 王子様のような口調に、クスリと笑ってしまう。


 きっと彼女は大人ぶって、これから先愛来を守ろうとするだろう。


 誰よりも優しく繊細な彼女は、自分を盾にしてでも愛来を守ろうとするだろうけど、愛来だってエマを守ってあげたい。


 沢山傷ついた彼女が、もう2度と傷つかないように。


 これからの人生は、笑いの絶えない人生をエマと共に送っていきたかった。


 どんな相手が現れても噛み付いて、追い払ってやる。


 彼女を守るためならどんなにうるさいと言われても吠え続けて、悪いやつを遠ざける。


 ポメラニアンみたいだと揶揄われても、キャンキャン吠えてエマを守るのだ。


 「では、誓いのキスを」


 二人で微笑んでから、触れるだけのキスを交わす。

 柔らかい感触は何度味わっても、幸せで心地よい。


 幸せそうな彼女の微笑みを、これから先も絶やさないように。


 リングケースから指輪を取り出して、彼女の左手の薬指に嵌める。


 サイズはぴったりで、色白な肌にシルバーのリングが映えて綺麗だった。


 お揃いの指輪を付けた状態で、そっと手を握り合う。

 互いの掌から、愛情が伝わってきてしまいそうで。


 彼女の笑みを見つめていると、ジンワリと涙が込み上げてくる。


 愛おしいあまりに流す涙が、こんなにも温かいことを。

 好きな人と当たり前のように一緒にいられる喜びを。


 愛来は全て、彼女から教わったのだ。

 


(了)

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ツンデレ美少女はよく吠える ひのはら @meru-0731

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