♯33 濁闘-5
「あ、アイツらをどこに——」
声を張った瞬間、カズシの目の前にいたベアラーが消える。しかし。
「ご安心を。彼女らは死んでなどいません。」
「なっ!?」
消えたはずのベアラーの声。声のする方向を見ると、カララギとサファイアを浮かせているベアラーが目に入る。
「気絶しているだけ…数時間もすれば目を覚ますでしょう。」
ベアラーは魔法で2人を浮かせつつ、カズシに話しかけてくる。
(…何が起こってる…!?)
「先程の事…検討していただけましたか?」
「…何の、ことだ?」
カズシは考える時間を稼ごうと、答えを曖昧にする。しかし、ベアラーは表情を変えることなく口を開いた。
「そんな稚拙な演技で騙すことは叶いません。分かっているでしょうに…あなたを実験台にしていいか、と聞いてるんです。」
どんなことを言おうとベアラーは表情が変わらない。まるで人形のように機械的に声を紡ぐ。
「お前…それにイエスなんて言えるわけないだろ。」
「そうですか。では三人とも、死んで頂くしかないですね。」
そう言い放つとベアラーはサファイアを自分に近づける。
「待て!」
「では、応じて頂けるのですね?」
「そ、れは…」
ベアラーは冷たくカズシを突き放す。
「…決断が出来ないなら、全員死ぬのですよ?」
ベアラーはサファイアの首を掴む。額に薄く汗をかき、震えるだけのカズシ。
(なんだ…選ぶのか?俺が?無理だ、命を選ぶなんて、俺には…)
「…無言は否定でなく肯定だと受け取りますが、いいのですか?」
ベアラーがサファイアの頭頂部に手をかける。首を掴む腕と合わせ、頭をねじ切る構え。
(……違う。)
汗ばむカズシの表情が、スンと落ち着く。
「…いや。」
その言葉が意味するのは。
「…なるほど。思いの外、肝が座っていますね。」
ベアラーの思惑通りか。
「約束通り、彼女らを解放しましょう。そのかわり、あなたは実験台です。」
それとも——
「…実験台なんて嫌っすよ〜。俺たちは全員助かるっす!」
今までのカズシにはなかった、軽く高い声。
「…?」
(声が変わった?)
「言いなりにはならないっすよ!このバカ女!!」
表情の雰囲気も少し軽い。姿が変わったわけではない、だが確かにカズシは「変化」している。
「あなたに、何ができるのです?」
「何だってやってやるっす!!」
まるで別人となったカズシが腰を落とし、戦闘の構えを取る。
「オラっ!そぉ〜い!!」
ベアラーに向けて飛び跳ねるカズシ。その速度ではベアラーには掠りもしない。
「……あなた、何をしたんですか?」
ベアラーは警戒を強めた様子でカズシに問う。それもそのはず、ベアラーの傍らにはサファイアもカララギもいない。
「…さあ、何をしたんですかね〜。」
そう言うカズシの後ろには、意識を失ったままのサファイアとカララギがいる。ベアラーが人質としていたはずの2人。
「……実験、しましょうか。」
「臨むところっす。」
互いに目を合わせ、腕が光る。
「実験開始です。」
無表情のまま、カズシに向けて右腕をかざす。カズシが攻撃を警戒しようとすると——
「え?」
瞬間、体から負荷が消える。軽くなる感覚、カズシは浮かされたのだ。
「予想外、と言ったところですか。」
「や、やるっすね…!」
空中のカズシにベアラーは容赦なく右腕をかざす。今度は赤く光り、燃え盛る火炎が打ち出された。
「その程度なら、対応できるっすよ。」
カズシがかざした左腕、そこから吹き荒れる突風が発生し、炎はカズシに届かない。
着地するカズシ。ベアラーはやはり無表情でカズシを見つめる。
「…あなた、誰ですか?」
カズシはらしからぬ笑顔で答える。
「初めましてっすかね?俺は佐藤錦っす!!」
モブと社畜と異次元空間 夜名月 @Hinoshira
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