勇気と自信

花里 悠太

勇気と自信

県予選の準決勝に向けて練習した帰り道。

信号がない横断歩道を渡っていたところに飲酒運転のトラックが突っ込んできて跳ねられた。


利き腕が挟まれて、骨が砕けた。

俺は、甲子園に行って、投げたかった。

3年生で最後のチャンス。絶対ものにしたかったんだ。


気づいた時は病院だった。

右腕の粉砕骨折。他にも様々な怪我をしていた。

全治6ヶ月。当然試合には間に合わない。

たくさんの見舞いを受けた。

でも、時間は待ってくれない。

お前の分もと言いながらチームメイトは頑張っていた。

結果、準決勝は勝って決勝で負けて甲子園には行けなかった。

良かった。仲間のみんなのことを恨みたくない。

俺は行けないのに、なぜお前らだけ、などと思いたくなかったんだ。


リハビリを頑張ればいずれ、と言われた。

頑張って右腕を治せばまた投げられるようになる、と言われた。

もう、甲子園には出れないけど、野球は諦められなかった。

スポーツ推薦でとってもらった大学に進学して野球続けることになった。

ただ、右腕が治らない。

リハビリも頑張って少しずつ動いてきた。

けど、ボールが投げられないんだ。

投げ方がわからない。力を入れると壊れそうな気がする。


心の問題だと言われた。体は治っているはずだ、と、コーチや医者に言われた。

試しに投げようとする。投げられない。壊れそうだ。


お前は飛べる、お前の羽はもう治っている。

飛べるのに勇気が足りないからお前は飛べないんだ。

そう言われ続けてる気がしている。

飛ばなきゃいけない、けど飛べる気がしない。

鏡の中の自分に問うてみた。


飛べない鳥に勇気は要るか?


飛べないのに、飛ぶ必要ないのになぜ勇気を出さなきゃいけないのか。

わからなかった。わかりたかった。


鏡の中の自分が返事する。


『飛べない鳥に必要なのは勇気じゃなくて、覚悟だろう。

飛べないことを乗り越えて、前に進むために必要なのは勇気か?

違うな。飛べないことを自覚しろ。

飛べないことを自覚しないで飛ぶやつは阿呆だ。自殺願望だ。

飛ぶことを諦めて飛ばないで生きることをちゃんと考えるために必要なもの。

それは覚悟だ。

今までとは違う道を歩むことを心に決めることだ。

飛べないのに勇気で飛べとかいう無責任な奴らに耳を貸す必要はない。

諦めて飛ばない鳥として過ごしていこう。』


諦めれば良いのか。そうか。俺は諦めたかったのか。

そう思うがしっくりこない。なぜだろう。


しばし考えて気づく。

そうか。俺は飛びたいんだ。


しかし、鏡の中の俺は問うてくる。


『お前は飛べるのか?』


結局のところ、この一点なのだ。

飛べるか飛べないか、これを決めるには断じて勇気の問題ではない。

飛べるのなら飛ぶのに勇気はいらないのだから。


信じればいい。

支えてくれる周りと頑張ってきた自分。

それが飛べるようにしてくれているという信じる心。

勇気などと言う曖昧な言葉ではなく、自分を信じるということ。

それがすなわち自信であるということ。

それが必要なんだと。


鏡の中の俺はもう何も話さなかった。


この日、俺は久しぶりにしっかりとしたボールを投げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇気と自信 花里 悠太 @hanasato-yuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ