無人踏切と幽霊電車

紅夢

無人踏切と幽霊電車

『丑三つ時に遮断機が下りる踏切』というものがある。

 

 遮断機がおりても、しかし電車は一向に通らず、しばらくすると何事もなかったかのようにそれは静かに持ち上がるのだという。

 踏切で死んだ魂を乗せた幽霊電車が通っている、という噂こそあれど「ゆらゆら揺れる人魂を見た」という話しか聞かない。

 

 見えないのなら、見える人間を連れてけばいい。

 というわけで、私は彼を誘った。

 彼は大学でも浮いた存在で、優秀なペテン師でなければ『見える人』ということらしい。

「人より目がいいだけだよ」

 彼はそううそぶく。



「……こんな夜遅くだとは思わなかった」

 隣にしゃがみ込んだ彼はぼやいた。

 踏切前の道路に陣取り、胡坐をかいて座る。

「少なくとも終電過ぎないと見れないからな」

 人気はなく、ただ秋の虫の声だけがやけに大きく聞こえる。

 右手に広がる田んぼ。そして左手に広がる田んぼ。

 目の前の踏切の先。長い道路の向こうに黒い山のシルエットが見える。

「いつもなら、もうとっくに寝ている時間だ」

 彼は月明かりを頼りに本を開いた。その行動を見て、ふと気づいた。

 人工の光は無いが、そのせいもあってか月がやけに明るい。

 しかしその月明かりは、雲でわずかに遮られている。

 踏切の向こうが、際限の無い闇に包まれていた。

「それで、あとどれくらいなの?」

「あ、ああ」

 祖父の形見の懐中時計を取り出す。

 時間は一時五十五分を指していた。

「あと五分、ってところかな」

「ふぅん」

 それから、本に目を落としたままの彼と他愛のない会話をした。

 思い返してみれば、踏切の怪談と言われて、ぱっと思い浮かぶものは少ない。

 テケテケという怪談があった気がするが、あれは『踏切』というよりも『人身事故』という概念の方が強い印象がある。

「でも、人身事故ってことは踏切ってことなんだろうか」

 こう言うと彼は

「……あれは漫画の妖怪じゃなかったっけ?」

 と首を傾げた。

 その時だった。


 カンカンカン


 踏切の警報機が光った。

 同時に鳴り響く、やけに大きく聞こえる警報が耳の奥でこだまし、遮断機ががくっと下がる。

 彼と二人して立ち上がる。

 期待半分。恐怖半分。

 警報音を探るようにして耳を澄ます。遠くから電車が来る音が聞こえないか。

 チカチカと光る赤を無視して、光を遮られた闇に眼を凝らす。

 そうして、どれくらい経ったのだろう。

 未だに電車は通過していない。

 彼には何か見えただろうか。話しかけようと眼球だけ横を見ようとした時、袖を引かれた。

「見て」

 一瞬、人ならざる者に袖を引かれたのかとぎょっとしたが、そんなことはなかった。

 彼の指さす先を凝視する。

 赤と黄色のぼんやりとした光が、線路の向こう側。ちょうど反対側の踏切付近で浮いていた。

「あれは……」

 それらが、闇に慣れた目によって形を成す。

 青い作業服。蛍光色の反射ベスト。赤い誘導灯

 幾人かの人間が、踏切付近で何某かをしていた。



「結局、いつもの枯れ尾花だったな」

 踏切が静まり返った後の帰り道。

 安心半分。落胆半分で呟いた。

「え」

「幽霊電車は通らなかったし、人魂もただの作業員だった」

「ああ」

 彼はなんだか驚いたような、意外なような、何とも言えない微妙な表情を浮かべる。

「確かに、人魂も幽霊電車も見えなかった」

「だろ?」



「でも、あの人たちは本物だったよ」


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