最終章 存在理由
西野京一
あの事件から数日が経った。俺は、相変わらずの生活を送っている。ただ、一つだけ生活が変わった点と言えば、バイトが無くなってしまった点だ。
無くなったと言うか、営業再開の目途が経っていないから、今までバイトに費やしていた時間が暇になってしまった事のだ。
暇になった俺に、仕事を手伝って欲しいと言う人が現れたけど…
店長は、現在、営業再開に向けて、治療を行いつつ、店舗を一日でも早く復旧させる為に動いている。
この際だから、大々的に心機一転、リニューアルオープンを目指しているとの事だ。俺も手伝おうとしたが、どうしても奥さんと二人でやりたいって言う気持ちが強く、断られてしまった。
リニューアルオープンしたら、俺と杏奈はバイトをやってくれと、何度も頼まれていたから、それを承諾している。
あの後、何回か一緒に飲んだり、店長の家に杏奈と招待され、夕飯をご馳走されている。あれ以来、杏奈はすっかり店長と奥さんのお気に入りの様だ。
裕介さんは、現場仕事に振り回されている。ただ、この件以降、俺と裕介さんの関係は変わり、今では二人で出掛けたりする仲にもなった。しかも、姉ちゃんが妊娠したらしい。だからか、父親になる自覚もあって、今まで以上に張り切って仕事をしている様だ。
この前、裕介さんとは長野へ行った。弟の聡介さんのお墓参りに。
お墓の前では、涙を流しながら一連の報告を行い、俺はただその姿を見ていた。
そのまま元奥さんの実家であり、裕介さんの義理の両親にも報告をした。
帰り道、武井さんと待ち合わせをして、三人で飯を食べた。裕介さんと姉ちゃんの妊娠報告を聞いて、とても喜んでいた。そんな武井さんは、二年程彼女も居ないらしくて、そろそろ彼女が欲しいと、嘆いていた。
東千春とは、何故か頻繁に会っている。いや、会っていると言うか、東千春がやっている仕事の助手みたいな事を手伝わされていると言う感じだ。
昨日なんて、浮気調査と言う名目で、俺と杏奈は東京へ行かされてしまった。知らない土地で尾行をしたり写真を撮ったりと、大変な役を任せられてしまったのだ。常に、東千春には振り回されているが、それでもバイトが無くなってしまい、金銭的に困っていたから助かっている。
それと、東千春と杏奈が仲良くなり、何かとあれば俺の駄目出しをする様になった。この前なんて、女心が解っていないと怒られてしまったのだ。
今では、俺と東千春は、元バイト仲間から友達へとなった。
昨夜は、英二と美姫、そして杏奈の四人で飲み明かした。英二が怪我をして帰って来た理由を詳しく教えてくれなかったと、美姫は少し怒っていたから、俺と杏奈で詳しく説明をして謝った。
昔は、怪我をしていた事なんて、頻繁だったけど、今は社会人になったから、美姫は余計に心配らしい。それはそうだ。この年で喧嘩でもして逮捕なんてされたら恥ずかしいし、仕事だって失くなってしまう可能性があるのだから。
美姫は、俺や英二と違って、真面目な性格。そして、優等生でもあった。そんな優等生と不良が何故?と、思われがちだけど、この二人は、幼稚園からずっと一緒の幼馴染であり、腐れ縁なのだ。その流れで中学の時に、恋愛へと発展した。
俺と杏奈が復縁した事を聞いた美姫は、自分の事の様に、満面な笑みを浮かべて祝福をしてくれた。
そのまま四人で明け方まで飲み明かした。
翌日の夕方
俺は、バイクを走らせ佐々木真尋が住んでいたアパートの前へ行った。
特に理由は無かったが、何となく来てしまったと言う感じだ。
勿論、あれから真尋とは会ってもいないし、話もしていない。
今、どこで何をしているのかさえ知らない。
ただ、一度だけ、神木所長から聞いた話によると、あの後、暫く絶対安静の日が続き、絶対安静中だが、すぐに松本から親がやって来たらしい。
その後の事は何も知らないし、聞く事もしなかった。
いつまでも『過去』に縛られるのではなく、自分らしく、そして、杏奈との『現在』を生きると決めたから。
俺は、ポケットから煙草を取り出し、煙を吐き捨てながら空を見上げて呟いた。
―――全て、終わった…
佐々木真尋
私は魂の抜けた廃人の様に、ただ静かにベッド上で生活を送っている。
腕には点滴が刺されていて、身体にはよく解らない機械が繋がれている。
何もしたくない、何も考えたくない。そもそも、私は私が本当に解らなくなっていたのだ。
あの事件を起こしたのは私に間違いがない。しかし、私には解らない点も多かったのは事実。こんな話をしたら、『お前は頭がおかしい』と、言われても仕方がないけど…そうなれば、精神鑑定に回されたりするのだろう。
とにかく、私は無気力にただ、生かされていたのだ。
絶対安静の状態のまま。
つい先程、面会謝絶がとけると、松本から両親がやって来たのだった。いや、正確に言えば、面会が出来るまで、高崎のホテルにて待機していたとの事。
久し振りに変わり果てた我が子を見て、親はどう思ったのだろう…そんな事すら、もうどうでも良く思えてしまった。
最初に口を開いたのは父親だった。今まで、仕事仕事で家族より仕事優先だった父親。私達姉妹は、昔から父親とは殆ど会話をしていなかった。
そんな父親が「真尋、すまなかったな。俺は父親でありながらお前の事を見ていなかった様だ。でも、私は最初からお前が『真尋』だって気付いていたんだけど、母さんと何度も話をしたけど、結局それを言えなくて苦しませて来てしまって…本当に悪かった…」あの、父親が自分の非を認め、頭を下げたのだ。
母親が泣いている。でも、どうして私達を見ていなかった父親が気付いたの?
そう考えていると、母親が言った。
「真琴と真尋、決定的に違う点が一つだけあったの。それを、お父さんだけが気付いていたのよ?」
私には解らなかった。顔も性格も声も、全て同じだったのに、どこが違ったの?
それに、この話が本当なら、最初から私が真尋だって知って関わっていたと言う事にもなる。
――――――何故?
「ホクロの位置が少しだけ違うのよ。ほら、右目の下にホクロがあるでしょ?微妙にだけど、真尋の方が5ミリくらい下にあるのよ?だけど、その微妙な位置だけでお父さんは昔から真琴と真尋の違いが解っていたのよ?」
確かに、私達双子は、同じ場所に小さなホクロがあった。その小さなホクロの距離で解っていたなんて…
でも、思い返して見ると、顔を合わせた時、お父さんは私達を間違えた事が一度もなかったと、ふと思い出した。
「それだけで?」父親に問い掛けると、それだけと、返って来た。
そして、母親に
「これからは、真琴じゃなくて、真尋として生きて行くんだよ」と言われ、
両親がしっかり私を見ていた事を知り、堪えていた涙が一気に溢れ出した。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい。もう、だいたいの話は警察から聞いたと思うけど…私は人として、やってはいけない事をたくさんしました。だから、罪を償います。ここに刑事さん呼んで貰って良い?」涙声で両親にお願いをする。
その言葉を聞いて、両親は涙を流しながら頷き、何も言わずに部屋を出て行った。
暫くすると、部屋のドアをノックされた。
「はい…」
12/26 PM 14:09
今年、初めての雪の日、
佐々木真尋、全てを告白し、自首
【誰】 神木 信 @eins-13
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