第4章 行方8

事務所に戻ると、奥さんが杏奈に「私の友達がやってる美容室があるから、今から一緒に行きましょう」と誘い出した。杏奈は、言われるがまま奥さんに連れられて事務所を後にする。

事務所内には、俺と東千春だけとなり、急に二人になったから、何だか気まずく感じた。

「西野君さぁ、これだけは言っておくけど、バイトの初日で私は佐々木真尋の本性をだいたい把握してたからね。犯罪は別として性格をね」

「たった一日で?凄いね!」

「男と違って、女は相手を良く観察して、どう言う人なのか見抜かないといけない生き物なんだよ?でも、大丈夫。杏奈ちゃんは良い子だからね。今度こそ、ちゃんと付き合って幸せにするんだよ?」

「解ってるよ。そっちはどうなの?彼氏とかいないの?例えば、同じバイトにいた山崎とか、どうなの?アイツ、好きだったみたいだけど?」

フフっと笑って東千春が言った。

「まず、山崎なんてないない…それに、私は彼氏って興味ないんだよね?そもそも、私より強くて、私より頭が良くないとパパもママも許さないしね」

確かに、普通にしてれば良い人なんだけど、あの夫婦だったら、そこら辺の男じゃ許さないだろう。一人娘だからか、かなり溺愛しているし。

そんな話をしてると、裕介さんが事務所へやって来た。そのまま外へ出ると「私も暇だし行くよ」と言って、東千春が事務所に鍵を掛けて一緒に行く事となった。


松原店長が入院する病院へと着く。

三階の317病室へ向かう。ノックをして返事があったので、俺達は病室へ入ると、店長の奥さんが荷物の準備をしながら「あら?千春ちゃんじゃないの?」と、東千春を見て、懐かしんだ様子。

「お久し振りです。店長も!」相変わらず元気に挨拶を交わすと、急遽、退院する事になったと、教えてくれた。

「で、どうなったんだ?西野も岡崎さんも怪我だらけだけど…」少し不安そうな表情で店長に聞かれたから、昨日の出来事を丁寧に説明した。

話している途中、涙ぐむ店長を見て、何とも言えない気持ちになった。

「店長、奥さん、巻き込んでしまってすみませんでした」俺は心を込めて謝罪をしたが、店長も奥さんも「気にするな」と言ってくれた。

「そもそも、お前が原因じゃないだろ?今回の件に関しては、私も雇い主としての責任も生じるから、私の方こそすまなかった」お互い、謝罪をし合うと、ここで東千春が横からヤジを入れた。

「それにしても、店長も人を見る目が無かったねぇ」それを聞いて、裕介さんが笑った。それに釣られて俺も店長も奥さんも笑った。

「でも、最初は俺が原因を作ったし、一番悪かったのは俺です。すみませんでした」裕介さんが頭を下げた。それに対しても東千春がヤジを入れた。

「しかし、あの手紙はないよねぇ。あれはセンスが全くないよね」

笑うしかない。いや、笑う事しか出来なかった。こうやって、皆で笑い合えるって良いなと、心底思えた。

「そう言えば、武井さんは?」俺が裕介さんに聞くと、仕事で朝早くに長野へ帰ったらしい。

「残念ですね。でも、みんなの怪我が治って、落ち着いたらどこかで一度集まりましょう」と、店長が言い、俺達は病室を後にした。


神木探偵事務所に東千春を送り、俺はそのまま裕介さんと家に帰った。

帰ってすぐ、英二に電話を掛けて、また日を改めて四人で飲もうと約束をし、裕介さんから受け取った真尋からの手紙を手に取った。

深呼吸をして、封筒をハサミで切って手紙を取り出し読み始める。




京へ


この手紙を京が読んでいるって事は、無事に生き延びれたって事と思います。

私には、自分でもよく解らない、制御が出来ない衝動みたいなものが昔からあって、それによって意識がふわっとどこかへ消えてしまいます。

それが何なのか、解りません。

でも、最近はその衝動が多く感じます。

私は、京に何か危害を加えたいと思っていません。だけど、その気持ちに反して、危害を加えてしまっているでしょう。

矛盾してるかもしれないけれど、これが本当の気持ちです。

その、衝動が何なのか解らないからこそ、私には記憶のない事も多々あります。


前置きはこの辺にして、これからが本題です。

私は、あなたが思っている通り、佐々木真尋です。真琴は死んだ姉。

後は、調べた通り、だいたいが真実です。

高崎へ来てから、裏の仕事を始めて、それによって私は引き返せない罪を幾度も犯したのです。

ここには記さないけど、きっと私が警察に捕まれば、公になるでしょう。

こんな彼女だったけど、ごめんね。

もう、私の事なんか忘れて、これからはあの子と付き合って幸せになってね。


何とか私が私の理性を保っていられる内に手紙を書きました。

でも、何があっても、最後は私が京を守るからね。

それが、彼女として京に出来る最後の事だから。


今までありがとね、さようなら…


佐々木真尋




手紙を読み終えた。

何とも言えない感情が込み上げて来たと同時に、昨日の真尋とのやり取りを思い出した。

確かに、この手紙に書いてある通りだったのは確か。最後は、俺を長髪から守り、俺を殺そうとしていた真尋さえ、一瞬だけど普段の穏やかな真尋に戻り、自分で自分の胸を刺して俺を守ったのが事実になる。

何だかんだ言って、アイツはアイツなりに苦しんでいたし、こうなるって結末を、だいたい解っていたんだなと思うと、何とも言えない気持ちになった。

読み終えた手紙を引き出しの中にしまい、外へ向かった。

英二が置いていったバイクのエンジンを掛けて、俺はそのままバイクを走らせて、昨夜、真尋と最後に対峙した場所へ向かった。

バイクを止め、真尋の血の跡が微かに残っている場所で立ち尽くすと、背後から声がした。あの、長髪がやって来たのだ。

きっと、ここに俺が来ると思い、隠れて待っていたのだろう…

「西野、あの後、何があったか知らねーけど、すまなかった」あの長髪が頭を下げて詫びて来た。

「あぁ。これからどうするんだ?」そう聞くと、長髪は煙草を口に咥えた。更に、俺にも「吸うか?」と言って、一本差し出して来た。

煙を吐き出しながら「俺は今から警察に行って全てを話して来る。俺が姉さんの罪を軽くする証言をするつもりだ。それに、あのヤクザを殺ったのは、あの人の指図ではなく、俺の独断だったしよ………あの人だけだったんだよ、こんな俺に居場所を与えてくれたのはさ…」目を潤しながら言う。

「あのな、居場所って言ったって…」そこまで言うと、長髪は手を伸ばして俺の言葉を制止した。

「解ってるよ、お前が言いたい事はよ。あと、一つ頼まれてくれないか?」そう言って、俺に頼み事を託して、長髪は今から警察へ行くと言ってその場から離れた。

「仕方ねぇ、頼まれちまったから伝えに行くか」

煙草を消して、バイクを走らせた。


バイクを走らせて着いた場所は、山下が入院している病院。

昨日、俺と一緒にボコボコにされて、英二がここに運んでくれたのだ。

受け付けで、山下の部屋を聞き、病室へ向かう。

エレベーターを待っていると、ちょうど車椅子に乗った山下がエレベーターから降りて来た。

「山下、元気そうだな」こうやって、まさか山下と普通に話す日が来るなんて、思った事も無かったから不思議だ。

「お前の兄貴から電話貰って聞いたぞ?あの後、かなり大変だったみたいだな」

「まーな。ちょっと外に出れるなら、煙草でも吸いに行かねーか?」

「おう、じゃあ押してくれ。介護士になるんだから、仕事だと思ってよ」

車椅子を押し、喫煙所に着くと、俺から話を始めた。

「えっと、長髪の奴いるだろ?アイツから伝言を頼まれたから来たんだけどさ、『全て俺が自首をして罪を被るから、これ以上首を突っ込むな』だってさ」

山下は、煙草を吸いながら、俺の話を聞いている。

「そうか、アイツがそんな事をな」

「とにかく、伝えたからな。俺はもう帰るぞ?別にお前とは友達でも何でもないんだからよ」

笑いながら山下が俺を見る。

「そんな事を言うなよ?お前が俺を憎むのは解るけどよ、こっちは入院してて暇なんだよ?解るだろ?仲間はみんな居なくなったんだよ…」

少し、寂しそうな目をしている。確かに、仲間は誰も居なくなったのだから仕方がない。ただ、そんなのは自業自得だ。

「これからどうすんだ?」もう少し話して上げようと思い、質問してみた。

「俺みたいなクズでも一からやり直そうかなってよ…俺だって、介護の仕事がしたくて大学へ行ったんだから、やっぱ、その道に行こうかと思う」

どんな理由であれ、どんな悪い奴であれ、介護の仕事をするって共通点は俺も同じだから、その点だけは山下とは気が合うと思った。

「じゃあ、今度会う時は、介護施設での話を聞かせて貰うからな。働いて落ち着いたら電話してくれ。じゃあ、俺は杏奈のとこに行くから帰るな」

「おい!西野…」山下に呼び止められて足を止め振り返る。

まっすぐ俺を見て「水沢との事も、今回の事も巻き込んでしまって悪かった。謝って済むとは思わねーけど…だけど、これだけは言わせてくれ、本当にすまなかった…」

あの山下が俺に頭を下げた。

「もう、済んだことだから気にするな」そう言って向きを戻して歩き出したが、また山下が声を出して言って来た。

「それとよ、俺の方が年上なんだから、しっかりした言葉使いを勉強しろよ?介護するなら尚更言葉使いは大事だからな!」

その言葉を聞いて、右手を上げて振った。そして、バイクに乗る前に杏奈に電話を掛けた。

「今、京ちゃん家にいるから」そう杏奈が言った。何故、俺の家にいる?

急いで家に帰ると、姉ちゃんと髪を切った杏奈がリビングに居た。

「お帰り、京一。杏奈ちゃんがずっと待ってたよ」

姉の言葉を遮る様に杏奈に「部屋に行こう」と声を掛けた。

「うわぁ、懐かしいな、京ちゃんの部屋」そう言いながら、辺りを見回して、付き合っている時に杏奈の指定席だったお気に入りのベッドへ寝転んだ。

「あのさ、本当にごめんな。俺のせいで怖い思いもたくさんしたし、折角伸ばしていた髪の毛も切られちゃって…」

「じゃあ、責任取ってよ?」

「責任?」そう確認すると、杏奈がベッドの上に正座をして言った。

「もう一度、私と付き合って下さい」

杏奈と別れてから、ずっと堪えていた何かが一気に爆発し、涙が止まらなくなった。

「俺こそ、もう一度付き合って下さい」

俺達は、お互い涙目で見つめ合って、笑いが止まらなくなった。

その時、部屋のドアがいきなり開いて、姉ちゃんと裕介さんが「おめでとう!」と、笑顔で祝福してくれた。

どうやら、部屋の外で盗み聞きしていたらしい。

昨日の出来事が嘘の様に、とても幸せな時間が過ぎて行った…

そして、俺と杏奈は、久し振りにキスを交わした。

「これで、349回目のキスだったよ?」杏奈が照れながら言う。

そして、見つめ合ったまま、俺達は『350回目のキス』を交わした。


ねぇ、覚えてる?500回目のキスの時の約束。

その時、京ちゃんは私にプロポーズするって言ったよね?

私ね、ずっと信じて待ってたんだからね?

これからも、ずっと一緒に居たいから、この手をもう離さないでね…


俺は、この時もう一度杏奈に誓いを立てた。

もう二度と、杏奈を傷付けないし、怖い思いをさせないと。

悪夢の様な日々が、今やっと幕を降ろした…








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