第2話

 目的地はすぐそこだ。目の前の角を右折して、およそ百メートル直進した後左手に見える。

もう少しだというのに優梨の様子がおかしい。首をすくめて身を震わせ、何かをブツブツと呟き始めた。寒いのだろう。


「……ぶ…………い」


「……」


「さ……………ぶ………」


「……何かと交信してんの?」


 下を向きながらブツブツブツブツ瞬きも忘れて言っていたら地球外生命体との交信も疑いたくなる。もしくは寒さに頭がやられたか。


 優梨は私の言葉に反応したかのように歩みを止め、空に顔を向けた。おまけに両手をこめかみ近くに持っていき、指をうねうねさせている。何だ?それは。


「お天道さんと……………電波交信中」


 なるほど、指のうねうねは電波を表しているらしい。そしてその電波は太陽に送られていると……。……ん?太陽ってそっち方向の空にあるっけ?まぁ、とりあえず細かい事には触れないでおこう。


「ところでどんな電波を受信したんだい?」


 おっ、こっち向いた。その指のうねうねはもう、やめて良いんじゃない?そして手を下ろして。

優梨は目を瞑ってしばらく唸った後、何かを思いついたように目を開けた。


「ヒナタにおんぶして連れて行ってもらうと吉!」


 なにそれ?

 なにその理不尽な占い。よくもそんな事が自信満々に言えたものだ。

一瞬でも心配して損した。(頭を)


「なら今日一日は大凶で過ごしてください。せいぜいラッキーアイテムでも身につけておくことだね」


「ラッキーアイテムがヒナタの背中だったら?」


「……」


 目的地まで残り直線百メートル。うん。逃げ切れる。


「私の背中を追いかけてるといいんじゃない?」


 左足で地面を強く蹴ってダッシュした。静かな朝に忙しない二人の足音だけが路地に響き渡る。

   

 残り五十メートル、追いかけてくるのはまだ二馬身後ろ。二人の足音がだんだん大きくなる。息が上がってきた。ゴールは目の前。後ろはもう確認出来ない。逃げ切れるか私。

 そのままの全力でゴールテープを切った。


 一着は私だ。どうだハーハー逃げ切ってフゥーフゥーやったぞ。二着の優梨はブロック塀に手をついて悔しがっている。


「かー、負けたー」


「でもラッキーアイテムが役に立って良かったね」


「もう暑いくらいだけど」


「それは良かった。もうポッカポカだ」


 しばらくして、優梨は赤くなった鼻をすすって白い息を吐いた。湯気みたい。どうやら呼吸にひと段落ついたらしい。私もだ。


「それじゃポカポカな内に入りましょうかね」


 木で建てられた家の一階が私たちのバイト先。一階が古本屋で二階が店長の家となっている。築何年か推定しかねるようなこの店は、鉄で埋め尽くされたこの街では完全に浮いている。


優梨が少し重めの引き戸を開けた。ガラガラ……


「てんちょー、こんちわー………わーつい……暑い。」


 なるほど、店内は暖房がフル稼働中である。私は良いが優梨は……知らない。自分の占いの的中率を呪うことだね。私は優梨を無視して埃まみれの店内に入っていった。


「てんちょー、こんちわー」



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世界が終わる前に 夕月奏 @yuzuki-sou

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