ラブレターの書き方(学生)

「ラブレターってどう書けばいいと思う?」

「は?」


 高校2年の冬、テスト明け初日一発目の会話だった。




「さて、訳を聞こうか」

「いやん凛音ちゃんったら怖ぁい」


 五月蝿えシバくぞ。

 私こと黒田凛音くろだりんねの目の前で座った状態でくねくねしまくってるコイツは篠田清華しのだせいか。高校に入ってから知り合い、成り行きで仲良くなった女だ。 

 つまり友人なのだが、この様に突拍子もない事をよく口走り、行動する癖もあって変人だとも思っている。因みに私は毎回の様に巻き込まれている。


「いやホントに何ラブレターって」

「お。聞いちゃう?いきなり聞いちゃう?えー、どうしよっかな~」

「あ、ごめん。その前に一発殴っていい?一発で良いからさ」

「え、何?止めてよ」


 急に冷静になんの本当何コイツ。てか、マジでラブレターって何なんだよ。

 それよりコイツって恋愛感情あったの?いっつも私と居るかスマホ弄ってはニヤニヤしてるイメージしかないんだけど。……いや、スマホに好きな相手の画像がある可能性も有るのか。成程、盗撮の可能性も有り得ると。


「面倒事は起こすなよ…?」

「いや急に何。純粋に好きな人出来て悩んでるだけなんだけど」

「その悩みが変な方向行きそうなんだろ」


 心外だなぁと呟くと、清華は目を瞑って一呼吸置いてから、私と正反対の黒いアーモンド形の目を合わせてきた。真剣そうな顔に背筋を正すが、頭の片隅では清華の上目使いを新鮮に感じていた。……仕方ないだろ、コイツ私より身長5・6cm高いんだから。


「ホントに、凛音にしか頼めないことなんだけど。

どんなラブレター届いたら、その、良いか。出来る限りで良いんだけど、考えてくれない?」


 その何処か切なそうな声で、ああコイツは恋してんだな。と自然に理解出来た。

 なら、友人の恋を応援するのは当然の役目だ。


「分かったよ。出来る限りな」


 そのタイミングで、キンコンカンコンと始業5分前のチャイムが鳴った。

 それは同時に、清華のラブレターの書き方の模索が始まるゴングでもあった。


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 一日の授業を全て乗り切った私達は帰宅部のアドバンテージを生かしてそそくさと下校し、一直線に清華の家に向かった。


「じゃあ早速内容を考よう」


 青いカーペットに直に座った清華はカバンから一枚のルーズリーフを取り出した。丸っこく『ラブレターの書き方』と一番上に書かれたそれには、一行目に小さく点が打たれていた。

 どうやら意外にも真面目に考えているらしい。


「正直手紙の折り方とか言い出すかと思ってた」

「何それ。紙飛行機とかにすんの?」

「清華ならそれはそれで個性的で良いとか言いそうじゃん」

「凛音の中じゃ私のキャラ何なの?……ま、いいや。取り敢えず最初ね」


 ルーズリーフの一行目をシャーペンで叩き、清華が急かしてくる。


「で、どんなのが良いかね」

「えー、考えてなかったの?」


 一応授業含め時間は沢山あったが、それでも考えは纏まらない。


「大体、ラブレター何か見たことも聞いたこともないから、想像なんて出来ないんだが」

「あー確かに。じゃあ、……凛音がラブレター貰う体で行こう!」


 何いってんだコイツ。


「どう言う思考の飛躍だよ…?」

「いや、ね?そういえば私もラブレター何て見たことないなって。だからもしラブレター書くんなら、人がどんなのを喜ぶのか参考にしたくてさ」


 成程。つまり何時もの謎言動か。

 というかコイツ私の性別間違えてない?確かに荒い口調するけどさ、だからって男認定はヤバいだろ。


「…てかラブレターの書き方って何?めっちゃふわっとしてるけど」

「んー、敬具とか?書いてあったらどう思う?」

「どんなイケメンだろうが振る」


 何で告んのに『拝啓、晩秋の候がうんたらかんたら』とか書くんだよ馬鹿かコイツ。


「じゃあ敬具無しね。別な前置きとかあるかな。好きになった理由とか、好きなとことか」

「敬具無しは当たり前だろ。あーでも、好きになった理由は良いかな」

「因みに理由は?」

「後で印象と違ったとか面倒くさいじゃん?」


 なら先に理由知ってた方が安全でしょ。と言ったら思いっ切り呆れ顔された。お前にそんな顔される筋合いはない。


「まあ凛音に乙女心が無いことは置いといて、他なんかあるかな」

「うるせえ…。で、他?何も思い付かん__ああ、関係は明記して欲しいかな」

「関係性とは……。また腹が黒そうな事を」

「いや純粋に知らない奴だったら怖くね?何されるか解んない」


 どうすんだよ見たこともない奴に紙面上で告白されたら。だったら友人とか書いてもらった方が___いや、流石に名前は書くよな?だったら要らないか。フルネームが被ることなんてそうそうないだろ。


「ごめん。名前書くなら面倒くさいしいいか」

「え、名前書くの?」

「え、書かない?」

「いや……書かないイメージあったから…」

「あー、確かに。でも書いたほうがやりやすいだろ。それとも相手はお前のこと知らないとか?」

「あー……ね。うん、知ってるけど。……そうなんだけどさ」

「何か問題あったりした?」

「んー、いや。あー、……うん」


 清華は急に言い淀み、片手で顔の上半分を揉み始めた。コイツが何かを悩む時に良くする癖だ。額を揉み、目頭を揉み、鼻の上部を揉む。本人的にはそこそこ痛いらしい。

 たっぷり十秒程揉んでからゆっくり手を剥がし、まだ逡巡しているかの様に視線を彷徨わせ、口を開いた。


「その、何て思われるか分かんなくて、怖い」


 告白するんだったらどうせ正体は分かるだろ。

 何て思ったが、乙女心が無いなりに考えてコイツは相手との時間を保ちたいのかも知れないと思った。振られる可能性もコイツの中じゃ有るんだろう。


「清華の好きな人ってさ、どんな奴?」


 私が初めて振った恋バナだったと思う。


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 ___格好良くて優しい、かな。

 何時も話聞いてくれて、何か頼み事あったら嫌な顔なんて絶対しなくてさ。変な事しても乗ってきてくれるし、悩みあったら聞いてくれるし。……口は少し悪いけど、好きになっちゃったらそれも何か格好良く思えてさ。凄い、いい人なんだ。たまに心配の方向可笑しいけど、それでも、良い人で。

 あ、見た目も格好良いよ。背はちょっと低いかも知れないけど、足長いし、顔も小さいしバランス良いし。何か、憧れる。……私ね、目が凄く好きなんだ。糸目って感じで、綺麗で、気づいたら何時も見つめちゃう位。……だから、


 グラスに入った麦茶で唇を湿らせて、言葉を続ける。


「だから、怖いんだ。こんなに好きだから、かな。気持ちは伝えたいって思うのに、それが怖くて仕方なくて、だから関係が壊れないようにして、一日でも先延ばしにしちゃうんだ。………でも、告白するんなら書いても書かなくても同じだよね。覚悟決めたんなら、ちゃんとしなきゃ」


 最後に何処か寂しそうに微笑んだ清華に、無性に苛立った。清華にこんなにも好かれる名前も知らない奴に苛立った。告白すれば失敗なんてしなさそうなのに、何を躊躇うのか意味が分からない。

 変な箇所ばかり目立つけど、明るくて可愛い。そんなコイツを袖にする奴なんてそうそういない。いるとすれば、相当な馬鹿か女に興味のない奴位だ。


「だからさ、明日の放課後教室残っててくれない?ラブレター渡すから、ちゃんとそこで告白するから、私が逃げないように。見張っててほしい」


 それでも馬鹿なコイツは自信を持たず、あまつさえ失敗しないよう私に馬鹿な仕事を頼んでくる。


「遮蔽物のある場所選ぶんならな」


 ただまあ、それでもそんな仕事を受け入れる私もコイツと同じくらい馬鹿なんだろう。でもホッとしたように微笑むコイツの為になるんなら、馬鹿でも別にいい。


「よし、じゃあ内容は好きになった理由と、私から見た関係も一応。渡すタイミングは……。あー、……定番の下駄箱で!あと、名前は絶対に書く。それでいいね」

「おう、頑張れ」


______________________________________


「お、黒田じゃんめずらしー。ぼっち?」


 翌朝、清香がラブレターを渡す為居ないので珍しく一人で登校していると、一年の時にクラスが同じだった大宮がちょっかいをかけてきた。ぼっちだと答えると目を見開いて驚かれた。そんなに意外か。


「マジで?篠田と破局した?……あ、もしかして黒田、浮気でもした?」

「何でそうなるんだよ……。大体、最初っから付き合ってすらないから。てか、…あー、何でもない」

「お?どうした?大宮ちゃんに言えないことか?」

「ん。お前には無理だわ……」


 アイツ好きな奴いるし。とは言えず、慌てて口を噤んだ。流石にこれはまだ秘密にしたいだろう。


「えー、即答?……んーだいじょぶ?」

「……え、何が」

「いや、テンション低い気がして。ホントに何もない?」

「別に……何もない、けど。……いや、違うかな」

 

 私、寂しいや。清華の告白が成功したら、そう思うと寂しくなる。

 曲がりなりにも親友だから、アイツの一番が他の奴になるのが寂しい。アイツの隣に居るのが他の奴になるのが寂しい。アイツとの時間が無くなるのが寂しい。

 不本意ながら大宮なんかに指摘されてやっと気づいた。


「……大宮、ありがと」

「え、マジで大丈夫?ジュース奢ろうか?」


 失礼な。でも奢って欲しい。


______________________________________


「……あ?なんだこれ」

「お、ラブレター?黒田モテモテじゃん」


 なんやかんや大宮と話しながら学校に着くと、自分の下駄箱にルーズリーフが挟まっている事に気が付いた。

 大宮と別れて自分の席で四つ折りにされた紙を開くと、ずらっと文が並んでいた。


『黒田 凜音さんへ


 こうした手紙を書くのは初めてなので、おかしい点も在りますがどうか最後まで読んでください。

 私と凜音さんが出会ったのは高校の入学式でした。前の席に居る凜音さんは最初は可愛い子だなと思って、声をかけました。だけど仲良くなるうちに段々他のところに気付いて、優しくて格好良くて可愛くて、そんな貴女が好きになりました。何時も話を聞いてくれて、頼み事にも嫌な顔をしないで、そんなところが好きです。小さい顔も、低い身長も、細い目も、全部好きになりました。

 私は凜音さんのことを一番の親友だと思っています。だけど、もっと深い仲になりたいです。嫌なら断ってくれても構いません。それでも好きです。

 返事を下さるなら、放課後教室に残ってください。


                              篠田 清華より』


 清華の席を見やると、こっちを見て顔を真っ赤にしていた。


「見張んなきゃ駄目なんだろ」


 目の前で見届けてやるよ。そしたら、一緒に帰ろう。



______________________________________

登場人物


黒田凜音

口が悪い

学校では清華の保護者ポジション


篠田清華

明るい

凜音が好き


大宮

多分いい人

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百合短編詰め 秋登 @kurokku

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