猫との一日 (学生・甘々・複数カップル・猫系彼女)

 A.M 6:50 某駅構内1番線ホーム


 12月も半分過ぎたこの頃、駅のホームで電車を待つと途轍もなく寒い。階段下の奥まったスペースでも丸出しの耳は痛くなるし、風はタイツを突き抜けて足を襲うし、手袋をしてもコートのポケットの中にある手はかじかんでいる。これでまだまだ寒くなるというのだから驚きだ。

 やはりこうなると温もりが欲しくなる。使い捨て懐炉なんて小さい物なんかじゃなくて、もっと大きな、心まで暖まるものが欲しくなる。


 そして毎日願うそれは大概直ぐに叶う。具体的に言うと、


『間もなく、1番線に下り列車が参ります。黄色い線の内側に立って、お待ちください』


 このアナウンスが流れてから電車が来るまでの約2分の間、あの子は何故か走らずに悠々とホームに向かってくる。そして毎日いつの間に頭半分低い位置で背後から話しかけてくるのだ。


「縁、おはよ」

「おはよう茜。今日早い方じゃん」


 声の主は中倉茜なかくらあかね。この私、おたけこと竹田縁たけだゆかりのクラスメイト兼恋人だ。


 茜は猫のような性格で、自分からスキンシップをとることはあまりない。だけど相手から触れられるのは好きらしく、手に触れると勝手に繋いでくる。好きな人とのスキンシップで身も心も温かい。正にさっきまで求めていた暖まるものだ。


「茜は体温高いね。凄い暖まるよ」

「まあさっきまで車で寝てたから」

「いいな、車で送って貰えるの。自転車だと寒いんだよ」

「……ならずっと繋いでなよ。あったまるんでしょ」

「うん、ありがとう茜」


 他から見ればただの仲の良い友達同士だろうから、朝から心置きなくいちゃつけるのだ。


 とは言っても電車が来たらそうはいかない。


「さっちーだ。おはよ」

「茜とおたけだ、おはよー。数学終わった?」

「終わったよ。……分かるとこなら」

「終わってないじゃん。あー、茜も駄目かー。誰かへるぷみー……」

「おたけとひよならやってるでしょ」

「成程。……ということでおたけ見して。いや、縁様数学の課題を見せて下さい」

「駄目だよ」


 茜は如何せん負けず嫌いなところがあるらしく、さっきみたいに意地を張ってしまうことがよくある。まあ直ぐに罪悪感に耐えきれなくなって正直に白状してしまうけど。

 因みに、今


「御慈悲をー」


 と言って泣き真似をしているのは田代幸音たしろゆきね。一年の時に席が前後だったのもあって仲良くなった友人だ。茜とは部活が同じで、彼女と知り合うきっかけを作った張本人でもあり、本当に感謝している。___何せ、初めて知り合ったときはお互いに最寄り駅が同じなんて知らなかった位浅い関係だったから。

 反対に、話に出ていたひよこと永瀬日和ながせひよりは私と同じ部活で、二人とは私を通して知り合った。だけど学校を挟んだ反対の方面に住んでいるから電車は被らない。そして___


「へーん。良いもんねー。おたけがそうならひよに頼むもんねー。茜は残念だったねー、ひよみたいに優しい彼女じゃなくて」

「さっちー、ずるい」

「ふっ、これが恋人というものよ」


 幸音の恋人でもある。でも課題を見せる位恋人に甘い訳ではない。どう考えても叱られるのがオチだ。

 と、茜が上目遣いでブレザーの袖を二、三回引っ張った。


「ねえ縁、課題……」


 どうやらこっちはこっちで切羽詰まっているらしい。まあ、数学の山村先生は課題に厳しいから仕方ない。可愛い恋人なんだ、助け舟は出してやろう。


「じゃあ、提出放課後だから粘ろう?一緒に解くからさ」

「……教えてくれるんだよね?」

「うん、分からなかったらね」


 茜はありがとうと言って、少しだけ溶けたように微笑んだ。……こんなかわいい仕草は少し反則だ。



 P.M 12:50 2-4教室


 昼休み、私達は私と茜が在籍するクラスで上り線から合流してきた日和を入れて四人で課題を進めている。幸音は案の定叱られて、今は日和に教えてもらいながら問題を解いている。


「ねえひよ、ここどうすんの?」

「ここ?あー…まず方程式展開してみ?したら、また文字追加して最大値求めて。さっきやったの参考にすれば直ぐ解けると思う」


 日和は口が少し悪いけど、根は優しい。要はツンデレだ。今もお昼に手も付けず、問題を解く幸音のサポートに徹している。……というか見惚れている。幸音は良く日和のことをクールだと言うが、こうやって見るとただ単に甘え下手なだけな気もする。


「縁、これで大丈夫?」 

「ん?……うん、合ってるよ。じゃあ、もうちょっとだから一回お昼食べる?」

「いい。終わらせたい」

「そっか、じゃあ次ね」


 そう考えると、この子もあまり甘えられていないんじゃないかと思う。

 基本スキンシップは私からとるし、デートの提案も私からだ。それに意地っ張りなこともあって中々好きだと言ってくれない。___いや、これは私の願望か。だけどあまり構って欲しくないときもあるらしく、益々猫っぽくてその辺の線引きが難しい。そこもやっぱり可愛いんだけどね。


 頬が緩むのを誤魔化す為に、テキストの紙面に集中して払うのも忘れている茜の前髪を耳に掛けると、そこで集中が途切れたのか顔を上げた。


「ん?何、どうかした?」

「あ、ごめん。邪魔だよね」


 パッと手を退けると、茜が名残惜しそうに視線を私の手に向ける。


「……」


 再び手を頭に載せると、無言でテキストに視線を戻す。


「……」


 また退けると名残惜しそうに手を見つめる。


「……」


 載せるとテキストに視線が戻る。


「……何」


 最後にもう一回退けると恨めしそうにこちらを見る。不貞腐れた様子がとても可愛い。


「ごめん、何か可愛くて」

「集中できないからやだ」

「うん、ごめんね」


 そう言って手を机に置くと、更にむすっとした茜がテキストに視線を戻す。が、10秒もすれば怒ったように私の手を引っ掴んで強引に頭に載せる。


「撫でるなら撫でて」


 そう呟くと、左手で赤い耳をぎゅっと握って右手でシャーペンで計算をメモしていく。勿論右耳は真っ赤に染まっているのがバレバレだ。元々撫でる気なんてなかった。なんて言ったら、顔どころか全身まで赤くなりそうだな。と思いながら片手で茜の頭を撫でるとスマホに通知が入った。

 画面を覗くと、某大手チャットアプリにメッセージが一通届いていた。


『日和:学校で堂々といちゃつくな』


 気付いたら至近距離から目が四つ程生暖かい視線を寄越していた。

 ___私の耳まで赤くなったのは言うまでもなかった。



 P.M 18:00 正門前


「あのさあ、何であそこでいちゃついてたの?何、課題が終わらなかった私への当てつけですかぁ?」

「いや、本当にごめんって。それに最終的には幸音も課題終わってたし良いじゃん」

「そういう問題じゃないんですー。ねえひよさん、ひよさんも何か言ってくださいよ」

「おたけ。お前はそんな奴じゃないと思ってた」

「いや、だからごか…っいじゃないけど、あんなことされたらたまんないでしょ?」

「あーあーバカップルだ。やーね、もー」


 帰り際、もう一つのカップルから昼休み中のことを責められた。ただし私だけ。

 茜はどうなんだと聞くと、


「茜は良いんだよ、可愛いから」

「元はといえばおたけが揶揄ったのが悪い」


 茜は楽しそうに笑うだけで助けてくれないし、彼女の尊厳の為にも揶揄った訳ではないとは言えず、結局駅で日和と別れるまでネチネチ言われ続けた。でも毎朝抱き着いてる姿を見せつけられるこっちの身にもなって欲しい。

 確かに私達と違ってお互いの家は遠いけど、それでも私達より人前でいちゃついてるように見える。何だったら遊びに行くときは人目も気にせず堂々と恋人繋ぎすらしてる。なお茜は家の中くらいでしか恋人繋ぎしてくれない。それはそれで可愛いけどね。


「やー、寒いね」


 ホームで電車を待っていると幸音が耐えかねたように呟いた。健康優良児を自称する幸音は私や茜に比べたら薄着で、白い息を吐きながら両腕で体を抱くようにして縮こまっている。


「そんな寒い?」

「寒いよー…。そうだおたけ、あっためて!」


 心配で声を掛けたら抱き着かれた。なおその間体感1秒未満。


「え?ちょ、急に抱き着かないでよ」

「ぐへへ、良い体してんねー、ねーちゃん」


 お前はおっさんか!そして妙な手つきで体をまさぐるのをやめろ!くすぐったいから。


「さっちー、やめて」

「へ?___おやおや?茜、私がおたけに触るからやきもち妬いちゃった?…んもー可愛いんだからー」


 本気で振り払おうとしたその時だった。茜がいつもより強い口調で幸音を注意した。いや、何時も一緒にいる私達だから分かるレベルだけど。それでも明らかに怒ってます、という顔で言っていた。

 幸音も直ぐに持ち直したけど、一瞬明らかに動揺した。まあ何時も気怠そうだからね。私だってあんま見ないよ。



 P.M 6:40 某駅構内


 少し不機嫌になった茜とそれを宥める幸音と一緒に電車に揺られること20分、目的地に着いた私は幸音の努力によって機嫌を直した茜とともにホームに降りた。


「……今日、昼休みさ」


 駅の中、二人で短いホームを歩いていると茜が口を開いた。少し罪悪感を孕んだような声色に振り替えると、茜がやはり申し訳なさそうな顔をしていた。


「どうかした?」

「昼休み、素っ気ない態度とってごめん」

「え?」


 意外な内容に声を上げると、茜は恥ずかしそうに顔を染めながら目を私に合わせた。


「その、頭撫でてくれた時。……あれ、嬉しかったのに、素っ気なくしちゃったから」


 何、その可愛い反省点は。嬉しかったのに、素っ気なくした?そんなの最初っから分かってるし、何だったら好きになったのはそれが理由でもある。

 更に顔を赤くする茜に、口を開くのは私の方だった。


「大丈夫だよ。そんなことで怒んない」

「でも、……でも、甘えられないから、可愛く、ないでしょ」

「そんな訳ないよ、寧ろ可愛いから」

「ほんと?」

「ほんと。茜には嘘つかないよ」

「でも……」


 何度言っても訝しむ茜に少し嘆息して、ホーム上に誰もいないのを確認してからキスをした。


「可愛くない人にはキスしないよ、私」


 決め台詞のように言うと、茜はバツが悪そうに頬を染めた。


「なら、いい。……けど、私以外にそんなこと言わないでね」

「言わないよ。茜より可愛い人も好きな人もいないから」


 我慢比べするみたいに見つめ合ったのも束の間、茜はプイっとそっぽを向いて先に行ってしまった。勿論、マフラーの間から覗く耳は熱を持っていて赤い。

 数歩進んで私の方を振り替えるのは、やっぱり甘え下手な猫みたいで可愛いなと思う。



______________________________________

登場人物


竹田縁(おたけ)

最初はコミュ障だったのにキャラの原型がなくなった

メンタル強め


中倉茜

猫系彼女(想像上)

甘え下手


田代幸音(さっちー)

うるさい

課題は当日まで頑張らない派


長瀬日和(ひよ)

多分ツンデレ

課題はコツコツやる派

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