第12話 老職員の深い悲しみ



 

 70歳はとうに過ぎていようかという老職員がひとり、一団から離れてゆっくりと南の方角へ歩いて行くと、一時保管所のシャッターをガラガラと音を立てて開けた。


 暗闇のなかで、長い被毛をふさふささせた大型の犬が、じっとこちらを見ている。

 やさしい表情の、賢そうな犬だ。🐕


 大型犬は狭い檻いっぱいになってお座りをしたまま、ゆるやかに尾を振っている。


「よしよし。かわいそうになあ……。おまえも、いよいよ、今日までか……」

 老職員は低い声でつぶやくと、腰を屈めて錆びた檻のなかの犬の目を見た。


 犬は、もともとは純白の美しい毛並みをしていたと想像されるが、いまはまるで、使い古しの濡れモップみたいに、何色とも形容しがたい濁った色に汚れ果てている。だが、一方、持って生まれた気品が、檻の犬に神々しい威厳をもたらせてもいた。


 きっちりとお座りをしたポーズの美しさも、犬が歩んで来た道のりを問わず語りに物語っているようだし、人を疑わない真っ直ぐな目が、見られる者の胸を痛く突く。


 犬が純真であればあるほど、引き受け手がいない老職員の仕事は堪えがたかった。


 週に二度の野犬狩りで捕獲され、あるいは、飼い主の勝手な都合でこの施設に持ちこまれてきた犬や猫たちは、一時保管所で3日間だけ保管される規則になっている。


 そのあいだに、運よく引き取り手が現われればよし、そうでないと……。💦💦





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る