第8話 おかあさんも天国に召されて



 

 それから、どのくらいのときが流れ去っただろうか。

 気づくと、がらんとした家にクロと洋子だけがいた。


 仏壇のなかでは、孝夫の笑顔がやさしくこちらを見ている。

 洋子はその前に座りこんだまま、1日中ぼんやりしていた。


 そして、思い出したようにクロをしっかりと抱き寄せると、🐕

「クロちゃん。おとうさんはね、遠いところへ行ってしまったのよ」

 そう言って、いっそうはげしく泣きじゃくるばかりだった。


      *

 

 洋子は、以前にも増してクロを愛しむようになった。

「クロや、クロ坊ちゃんや」と舐めるように可愛がる。


 なにをするにも、どこへ行くにも、かたときもクロをはなそうとしない。

 1本の牛乳、ひときれの魚を分け合い、ひとつの布団に抱き合って寝た。


 ひとりと1匹……たったそれだけの家族だった。

 洋子はクロを頼りにし、クロは洋子に甘え、ふたりは支え合って生きていた。

 

      *

 

 高夫が天国に召されて半年ほどした夜のことだった。

 眠っていた洋子が、とつぜん胸をかきむしり出した。


 パジャマの腕を伸ばしてクロを抱き寄せ……それっきりだった。

 動かなくなった洋子の身体を、クロはけんめいに舐めまわした。


 いくら舐めても舐めても、洋子は目を開けてはくれなかった。

「もう、クロったら、そんなにしたら、くすぐったいでしょう」

 古希に近いとは思えない若々しい声で笑ってはくれなかった。

 

 ――ウォ~ン、ウォ~ン、ウォ~ン。💦💦💦(´;ω;`)ウゥゥ

 

 柱時計が虚しく時を刻む部屋に、クロの悲鳴がひびきわたる。





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