八
それから
布作面をつけた皇子と真備は、家令に連れられ正殿前の庭に案内された。
正殿と同じ程度の広さの庭には白洲が敷かれ、梅など季節の花を咲かせる樹木が数本植えられていた。
正殿の廂では、内衣に薄紅に染めた綵の上衣を羽織っただけの姿の麻呂と、きちんと髪も結い衣も唐風の艶やかなものに着替えた若藻が、藍色の
真備は家令に促されて二人の姿がよく見える位置までやってくると、その場に胡坐をかいて座った。
「この度は主殿の多大なるご厚意により、吾等に」
「黙って弾くが良い。
家令はひざまずいて話しだした皇子の言葉を遮った。
「……かしこまりました」
皇子は庭の隅に下がってひざまずく。
「長安の市井で昨今流行の燕楽(宴で演奏される音楽)でございます」
家令が皇子の代わりに説明した。
「……好きにしろ」
麻呂は真備の方を見向きもせずに箸を進めている。
若藻はニコニコしてこちらを見ているが、目は笑っていなかった。
家令は麻呂の言葉を聞くと、その場を立ち去る。
すると、ザザッという足音と共に、男達が十数人程現れ庭の隅に並んだ。
「!」
皇子が布をめくって様子をうかがうと、どの者も腰に横刀を佩いているのが見える。
「おやおや!既に物騒だな」
皇子は小声でつぶやいた。
前が見えないはずの真備が後ろを振り返る。
「!……人と狐が入り混じっているのか!?戦いづらいなぁこれは」
目を凝らして男達を見た皇子の顔が険しくなる。
「我慢しろよ真備。斃すのは正体を暴いてからだからな!」
皇子は小声のままで、真備の背中に声を掛けた。
前を向いた真備は琵琶袋から中の物を取り出す。
四絃の琵琶だ。
五絃ほど豪華ではないが、糸巻や頸、側面や背面に螺鈿でできた小花文の装飾が施されている。
しかし使い込まれているのか、
……好きにしろ、か。
見えなくても、気配で分かる。
好きにしてもいいのなら、ここにいる狐を今すぐ全滅させたいところだ。
しかし、賢しい狐相手に短絡的な行動は悪手であることも分かっていた。
それよりも、真備は麻呂の声があまりに力のないものだったことが気になった。
術中にあるとしても、あまりにも覇気がない。
……やはり何か心に抱えるものがおありなのだろうか?
「すぐ正体がばれる程度の狐に取り憑かれるのは、麻呂自身何か問題を抱えている証拠だ。いいか、二人とも!今回狐を追い払ったとしてもだ。麻呂の心に隙がある限り、また違う妖厲が入り込むぞ。麻呂を改心させねば意味がないのだ」
昨晩の宴席での皇子の言葉を思い出す。
皇子が主張するほど自分が弾く琵琶の音に力があるとは思わないが、とにかくやってみるしかない。
真備は象牙の撥で絃をビンと弾いた。
「!?」
皇子以外の全員が、無気力で口にする食事にすら興味がないように見える麻呂でさえも、真備に注目する。
始まった――
皇子は黙って丸めた布を耳に詰めた。
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