閑話休題

吉祥天

 天平七(735)年六月の末――

 下道朝臣真備しもつみちあそみまきびは平城宮の東の端、東宮の南にある庭園に再びやってきた。

 真備が門扉に手をかけると、扉は前回と同じくすんなり開く。

 春に正六位下という位を与えられた真備は、前回とは違い深緑の袍を身につけていた。

 旧暦の六月の末は、新暦で七月の下旬に当たる。

 雲一つない真夏の炎天下、小石が敷き詰められた白い州浜から立ち昇る陽炎がゆらゆらと揺らめく。

 真備は袍の襟を開くこともなくきっちりと衣を着こんでいるが、額には汗が滲み、顔には赤みが差していた。

「皇子!皇子、下道真備でございます!いらっしゃいますのでしょう?皇子ー!」

 返事はない。

 真備は白髪の見える顎髭をしごいて、

「困ったな。皇子の気配があたり一杯に満ちているせいで、具体的にどこにいらっしゃるか絞り切れない」

 そう独り言つと、以前皇子が『流觴亭りゅうしょうてい』と呼んだ庭園の中央にある池辺の正殿へ向かった。

 正殿は屋根の無いテラスである露台と、ひさしと呼ばれる屋根があるテラスの堂、そして壁と窓、妻戸という扉があるむろが一続きになった縦長の建物だ。

 堂には誰も居らず、人がいた形跡もない。

「前回はここにいらっしゃったのだが。中だろうか?」

 真備はつま先立ちで室の連子窓の隙間から中を覗くものの、人の姿は見えなかった。

「いらっしゃらないか。やはり、もっとちゃんと集中して……」

 困惑しきった顔の真備は、深呼吸すると目を瞑って気配を探るが、すぐに目を開けてため息をついた。

「駄目だ、できない!暑すぎる」

 腰に下げた黒い革袋から手巾しゅきん(ハンカチ)を取り出すと、顔の汗をぬぐう。

「指南も常に持ち歩いた方が良いのか?……そうだ、一応嵌めておこう」

 革袋の中をゴソゴソ探りながらひとり呟く。

 取り出した銀の戎指を見つめ、

「今日は再戦することになるだろうか?……ことの運びようによっては……なる、かもしれないな」

 そう自問自答すると、スッと真備の顔からいつものほわほわっとした表情が消える。

 真備は戎指を右手の人差し指に嵌めると、しばらく辺りを探し回った。


「皇子!何でこんなところに!?」

 真備は驚いて思わず一歩下がった。

 真備が『皇子』と呼ぶ妖厲ようれい(妖怪のこと)は敷地の北西の隅、曲水(曲がりくねった小川)の源である小さな湧水池に、黄金色をした竜の角が生えた頭を突っ込んで、うつ伏せに倒れていた。

 曲水に嵌まった体は一糸纏わぬ状態で、丁度蒙古斑のある場所から金竜の驥尾きびが生えているのがよく分かる。

 真備はその艶姿に思わず顔をそむけた。

「皇子!なんという御姿……何か大事が起きたのか?」

 顔をそむけた状態で皇子ににじり寄る。

 その時。

 驥尾が素早くうねって真備の足に巻きついた。

「!?」

 不意を突かれた真備はバランスを崩してその場に尻餅をつく。

 皇子は掴んだ足を放すと素早く起き上がり、立ち上がろうとする真備を押し倒してその体の上に覆いかぶさった。

 その静かで俊敏な動きは、竜というよりも蜥蜴のようだ。

 濡れた白緑色の髪から滴り落ちた水が真備の顔にかかる。

 顔が近い。

「なんだその顔は。まだヤり足りないのか?昼間っから困った男だ」

 端正な顔に笑みを浮かべた皇子はそう耳元で囁くと、真備の顎髭をしごいた。

 真っ赤な顔の真備は固く目を瞑って、 

「ど、え?な、え?ちょっとど……意味がっ」

 多分再戦のことを言っているのだろうと推測してみたが、皇子の行動が意味不明で言葉と合致させることができず、真備は混乱した。

「昇進おめでとう。折角久方ぶりに来てくれたのだ、祝いの宴でも用意しようか」

「あ、あの!本日はそのような時間はありません!」

 皇子は右手で顎髭をしごきつつ、這わせた左手で真備の右手から戎指を器用に抜き取った。

「!!それは!」

 真備は慌てて目を開けて起き上がろうとしたが、皇子の方が先に体を起こして真備の腹の上に跨ったのでできなくなった。

 皇子はもがく真備の上で自分の右手の人差し指に戎指を嵌めた。

「ほーう、真備は指が太いのだなぁ。手を振るとすっこ抜けそうだ。しろかねか」

「お返しください、その!」

「これは大事なものなのか?なれにとって」

「そう、そうです!仲麻呂がこれを使うと良いと」

 皇子は僅かに不機嫌そうな表情になると、戎指を外し池に向かって投げた。

「わーっ!!何ということを!」

「仲麻呂仲麻呂といわれると、な」

「あれは大事な物なのです!わ、吾を解放してさ、探させてください!」

 真備は皇子から目を逸らした状態で必死に訴えた。

「戦えないからか?」

「そうではありません!失くしたくない物なのです!今となってはもう会うことのできない仲麻呂の」

「分かった分かった、もう泣くんじゃない」

 皇子は真備の言葉を遮って言った。

「な!泣いてはおりません!」

「本当か?」

 皇子は泣きそうな顔をした真備の目の下を親指の腹でなぞった。

「!!」

「ふふっ、戦意は消えたようだな。いいか、吾と汝は友垣となったのだ。再戦はない」

「はぁ」

「汝は隙あらば吾の首をもぎたいようだが、吾は汝の体が傷つくところを見たくないし、自分の手で傷つけるなどもっての外なのだ。わかったか?」

「はぁ」

「ふむ……その内に秘めた闇は吾に引けを取らんようだ。何とかしなければ、いずれその身を亡ぼすことになるぞ」

 皇子はそう言うと、真備の右手人差し指に戎指を嵌めた。

「あ!?」

「純朴だな。投げたふりをするぐらいわけないのだぞ」

 皇子はハハッと笑うと立ち上がった。

「何か用があるようだな。何だっけ」

「そう、そうです!実は画工司えだくみのつかさからですね」

「何だ真備?儒士(儒学者のこと)ならちゃんと相手の顔を見て話をしないか」

「それは!……申し訳ありません、皇子がその、あられもない御姿でいらっしゃるので」

「何?吾の裸を見て恥じらっているのか。初めての乙女じゃあるまいし、男同士なら裸のつき合いは普通だろう」

「しかし!皇子は高貴な御方故恐れ多く」

「だから気にすることはないと言っているだろ、友垣なのだから……おっ、そうだ!一つ思い出したことがある」

「何ですか?」

「真備よ、この姿を見てどう思う?」

「は?どうと言われましても……はしたないとしか」

「見ていないのに何が分かるというのだ!ちゃんと吾の姿を見ないか」

「はぁ」

 真備は恐る恐る皇子を見た。

 皇子は驥尾の先に生えた五枚の鰭で股間を隠している。

「器用ですね」

「そうだがそうではない!ほら、この姿!思い出さないか?汝はわざわざ見に行ったのだろう!」

「……あ」

 皇子は新益の京に残る薬師寺に安置されている聖観世音菩薩と同じく、右手は下げて親指と中指の先をつけて輪を作り、左手は上げて蓮花の茎を持つかのように親指と人差し指をつけて立っていた。

「どうだ?似ているか?吾と観音像は」

「……そうですね。顔は、似ていませんね」

「!……まぁ、顔は似ていなくて良い。あの顔に似ていると言われても複雑だ。吾の方が美しいだろう?若干……いやそれよりもだ。体の方は?吾の腰つきは僧伽が道を踏み外すほど魅力的か?」

「え……魅力的?」

 真備は困って顎髭をしごき始めた。

「汝の目からは魅力的に見えんのか」

「え……っとも、申し訳ありませんその……吾にはわかりかねます」

 真備は困惑しきった顔で答えた。

「むむぅ……この山は不二の山ほど高いな。攻略しがいがあるぞ」

「は?」

「なんでもない。皇子ならば民衆の期待に答えてしかるべきだからな。皆があの像を吾と思うなら、吾もそう見えるよう体つきだけでも同じにしておかないと」

「!なるほど、そういうことでしたか。顔は違いますが……同じように、気高く優美な御姿に見えます」

「そうか!この十代後半の頃の姿かたちなら似ているだろうと思っていたのだ。よろしいよろしい」

 皇子は満足げにうなずくと、体勢を崩した。

「あ!いえそうではなく……あの、実はですね」

「?大丈夫か?汗が凄いぞ。襟は開けた方がいいんじゃないか?」

 皇子は真備の襟元に手を伸ばそうとした。

「い!いけません!学生達の見本とならなければならない博士が、だらしない姿をさらす、など」

 真備は皇子の手を払い除けようとしたが、体がぐらついた。

「本当に大丈夫か?少し木陰で休むといい」

「じ、時間がありません。そうです!やることが沢山あるのです。実は画工正えだくみのかみ殿(寺院の建築装飾や仏画の製作に携わる部署の長官)が、午の正刻を過ぎると、画部えかきべの一人がふ……ふっと消え……」

 真備は崩れるようにしてその場に倒れ込んだ。

「真備!?」

 真備の頭が地面に叩きつけられる既の所で、皇子はその身体を抱き上げた。

「体が今にも燃えそうなぐらいに熱い。日向に立たせ続けたのが不味かったな」


「……まだヤり足りないのか?……再戦はない。汝は隙あらば吾の首をもぎたいようだが……」

 真備は頭の中で皇子の言葉を反芻していた。

 阿倍仲麻呂から自分に超常の力を操る才があることを指摘され、唐の都長安ですべてではないが道術と鬼道を教わり、金行の術を操ることができるようになって後、ここで皇子と戦うまで一度として対峙した妖魔を撃ち損じたことはなかった。

 自分にこの世ならざるモノと戦う術があると分かった時、喜びで体の震えが止まらなかったことを今も鮮明に覚えている。

 大学で学べると決まった時、留学生に選ばれた時よりも嬉しかったかもしれない。

 自分にもモノと戦える術があった。

 あったと分かったからこそ、敗退はあってはならない。

 あの時のような失態は二度とすまい。

 そして、あの時のような惨害を二度と起こしてはならない。

 それこそが――

 しかし――

「……おや、起きたか。瓜があるぞ。湧き水で冷やしておいた物だ。いや、水のほうが良いか?」

「?……これは、皇子!」

 真備は庭園の正殿、廂のある堂の床に敷かれた袷筵あわせむしろ(い草で編んだ筵のこと)の上に、袴だけの姿で寝かされていた。

 額には濡らした手巾が乗せられている。

 白い内衣ないい(袍の下着として着る襦袢のような衣のこと)と白袴を着て、朱華色の袍を肩にかけた皇子は真備の傍らに座り、使用済みの木簡で作った檜扇で真備の顔を仰いでいた。

 枕元には八等分に切り分けられた黄色い甜瓜まくわうりが四切れ、白と緑の釉薬のかかった二彩の皿の上に並べられている。

 真備は慌てて起き上がろうとしたが、皇子は真備を制して再び寝かせた。

「急には起き上がるな。まだクラクラするだろう?」

 辺りは明るいが、サーッという音が聞こえる。

「吾とて我慢できずに水浴びをしたのだ。今日は特に暑かったからな、雨を降らせてみた。夕立だな。これで大分涼しくなったろう?」

「夕立ですって!今何の刻ですか!?早く寮に戻らないと……いや、その前に吾には頼まれ事が!」

「だから急に起きるなと言っているだろう。汝が倒れたのは暑さもあるが、毎日遅くまで仕事をしている疲れからではないのか?今日はもう仕事をやめて休め」

「しかし!」

「聞き分けが悪いな!吾の言うことを聞かないと、その袴も剥ぎ取って返さんぞ!」

「……ブフッ」

「!?」

 もがく体を皇子に押さえつけられた真備は、首を曲げて室の方を見た。

「皇子!どこ触って……あ!みましは!」

 妻戸が開け放たれた室の中で、黒い髭を顎一杯に蓄えた壮年の男が胡坐をかいて座っていた。

 二人のやり取りを聞いていたのか、笑いをこらえながら瓜を食べている。

 赤や緑の顔料で汚れた麻の作業着を着た男は、噴き出した時に口の中にあった種を飛ばしたことに気づいたのか、慌てて床の上の種を拾う。

 男の前には(ローテーブル)があり、硯と水入れに筆、そして何かが墨で描かれた麻布が数枚散乱していた。

「画部がどうのと言っていたな。彼のことか?」

「その通りです……あの、頭の方はもう大丈夫です。眩暈もありませんし、起きます」

 真備は皇子に支えられて起き上がる。

「食べるか?」

「頂きます」

 真備はうなずくと、差し出された皿から瓜を一切れ取り、あっという間に皮ごと完食した。

「恐ろしく食べるのが早いな。腹が空いていたのか?」

「!……申し訳ありません。美味しかったので、つい」

 自分の無作法に気づいた真備は、恐縮して頭を下げた。

「気にするな。それだけ食べられれば体に大事はない」

 皇子は傍らに置いてあった真備の衣服と持ち物を手渡すと、真備は皇子に背を向けて衣に袖を通した。

 真備が着終わって皇子の前に座ると、皇子は居住まいを正し真備に向かって頭を下げた。

「すまないが、しばらく画工司の者を借りたい。許してはくれまいか」

「画工司の皆さんを!?屏風でもお作りになるのですか?困ります。今画工司はお務めが押していて、一人も欠けることは許されない状況なのです。期限に間に合わなければ、叱責を受けるのは皇子ではなく画工司の皆様なのですよ。己の我儘で皆を振り回すのはよろしくありません。直ちに画部の方をお返し願いたい」

「待て!待ってくれ。屏風なんてそんな大掛かりなものでなくて良い。吾は……姉様の御姿を画にしようと思い立ってな」

「!大来皇女ですか?」

「あぁ。最初は自分で描き上げようとしたのだが、どうしても思うようにいかなくてな。画芸も士人が当然身につけるべき大切な教養の一つであるのに、情けないことだ。そうだろう?」

「う」

「ん?どうした?間違ってはいないだろう」

「いえ……皇子の仰る通りです」

「何だ?その浮かない顔は……まあいい。目が合ったあの者に声を掛けて手解きを受けたが、一向に上達しない。その上、日が経てば姉様の御姿を忘れてしまうのではないか、と思いだしたら恐ろしくなって、悠長にしてはいられなくなった。結局諦めて、代わりに描いてもらうことにした」

「無理ですわ、いきなり壁の画のような上手い似姿を描こうだなんて。画芸が一日二日学んだぐらいで描けるようになる程度の技なら、吾等必要のうなります」

 瓜を食べ終えた画部が不満そうな顔で愚痴を言った。

「ははは、いましの言う通りだ!すまんすまん」

 皇子は素直に謝った。

「日々を無為に過ごしていると、だんだん心にさざ波が立って落ち着かなくなり、遂には嵐の海のように荒れ狂ってしまう。だが、姉様の御姿を思い出すと、何故か心は凪の海のように穏やかになるのだ。不思議なことだ」

「!それはまことですか!?」

「死んで此の方、真備の琵琶の音を聞いたあの時ほど、姉様の御姿をありありと思いだせたことはなかった。だから、その御姿を覚えているうちに画に描き留めて朝晩眺めれば、生きていた頃と同じような清々しい気分で居られるのではないか、と思ったのだ……真備よ」

「はい」

「どうか今しばらく画部達を借りることを許して欲しい」

 皇子は再び真備に向かって頭を下げた。

「皇子、あの……」

「なんだ?」

「……やりましょう、是非!吾が行って画工正殿に交渉して参ります!」

「真備!理解してくれたのか」

「皇子が心安らかにお過ごしになれる手立てがあるのなら、何でもやるべきです。皇子に勾陳の姿は似合いません」

「!……ハハッ、十二神将の勾陳か?吾、そんなに愚直なのか」

「ですから皇子は勾陳ではなく、青龍の如き徳の高い御方だと吾は思います」

「真備は思いのほか吾のことを高く買ってくれているのだな。青龍とは!」

 皇子は純粋に照れているのか、はにかんだ笑顔を見せた。

「残念だが、真備の力では交渉しても画工司は動かせないだろう。都合は吾が何とかつける。術を使うが、そこは目を瞑ってくれ」

「はぁ」

「あの者には宮中で噂されるような無碍な扱いは決してしない。画が出来あがった暁には、汝に褒美としてあしぎぬ(質の悪い絹布)をもう一匹差し出そう!」

 皇子は画部の方に顔を向けて言った。

「まことですかぁ!?それはありがたい!皇子様は良い人だぁ、変な格好しとるけど」

 麻布に描かれた絵を見て推敲していた画部は、目を見開いて喜びの声を上げた。

「では、お話の通りの御姿でよろしいんですな?」

「あぁ、吉祥天の姿で頼む。衣の色は朱華色が良い」

「……皇子。差し出がましいようですが、絁というのは」

「実はな……こっそり貯えた財を某所に隠してあるのだ。姉様は偉い御方で、吾が姉様のためにこっそり残しておいた財をほとんどお使いにならなかった。唯一隠なばりに建立なさった寺以外な。内蔵うちのくら(朝廷の官物を納めた蔵)から盗むわけではないから安心しろ」

 皇子は画部に聞こえないよう小声で言った。

「まことですね?」

「真備は弾正台のように厳しいな、本当だ」

 皇子は苦笑した。

「良かったです。もう偸盗はなさらないと聞いて安堵しました」

 こうやって話す皇子はとても妖厲とは思えない。

 昼間の艶姿を見た時は心底驚いたが、自分だけでなく画部にも高圧的な態度は一切見せず、相手の意見を素直に聞き入れる度量がある。

 二度殺すには惜しい好人物だ、と真備は思う。

 だからこそ勾陳でなく、青龍であって欲しい。

 忌々しい妖魔ではなく気高い聖獣ならば、まだ殺そうと思わずに済む――

「……あ」

「どうした真備?」

「あの、その衣の肩口……伏虎がつけたものですよね」

 真備が肩にかけている袍の左袖には、爪で切り裂いた痕が二本残っていた。

「……ほぉ、あの白虎はそういう名だったのか。なかなか強かったな」

「その、もし皇子がよろしければ、吾がその衣を繕いたいのですが」

「!?できるのか!」

「できます。長安にいた頃は貧しかったので……いえ、幼い頃からずっと貧しかったですが、衣を買う銭が勿体なかったので、よく自分で破れた所を繕いました。木行の術は習得できませんでしたので、鬼道で元通りという訳には行きませんが、なんとか致します」

「まことか!ありがたい、この衣は姉様が吾に作って下さったものなのだ。破けたのは己の失態故仕方ない事ではあったが、どうしても手放せなくてな。もし繕えるのなら、今度は大切にする」

 皇子は笑顔でいそいそと袍を脱いで畳み、真備に手渡した。

「似姿が出来あがったら、汝にも見せたい。見に来てくれるか?」

「もちろんです」

 真備はここで初めて皇子に笑顔を見せたのだった。

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