プロローグ

殿上の厲鬼(れいき)

     一


「まるで施餓鬼だな」

「!?」

 誰かの声が行基の耳に入った。


 天平六年四月(西暦七三四年五月)の末――

 行基という名の老僧が、河内国の楠葉くずはという里に自ら建てた布施屋(運脚夫や役夫として旅をする農民を救護する福祉施設)で、知識結――現代では「行基集団」と呼ばれる自分と志を同じくする者達と共に、集まった人々に汁粥を配っていた。

 行基は頭をあげて人々を見た。

 布施屋の敷地内に集まった人々は老若男女様々で、泥と埃にまみれた痩せた体にボロボロの衣を纏い、粥を貰うための椀を手に持って敷地の外にまで長い列を作っている。

 どの人の持つ椀もどこか欠けたりヒビが入ったり、粥をよそったらすべて流れ出てしまうのではないかと思えるほど傷んでいるような代物で、中には椀すら持たないで並んでいる者もいた。

 人々は皆生気のない顔をしている。

 そして何より怪我人が多かった。

 誰もが体のどこかに赤黒い血が滲む汚れた布を巻き付け、杖にすがる者、人の肩を借りる者もいる。

「餓鬼よりも酷い有様ではないか!」

 行基は粥をよそう手を止めて、ため息をついた。


 この年の四月七日、畿内で大きな地震があった。

 『畿内七道地震』と呼ばれるもので、地震の規模はマグニチュード7程度とされている。

 被害は畿内一円に及び、家屋が崩れて多くの人が押しつぶされ、山崩れや地割れも発生した。

 ここ楠葉の里も地面が大きく揺れ、死者は出なかったものの布施屋も建物の壁が崩れるといった被害が出た。

 たまたま布施屋に居合わせた行基達は、すぐさま建物を修復すると炊き出しを始めた。

 楠葉の里は奈良の都から歩いて半日ほどの距離にある。

 地震で家や田畑を失い生きる術を失くした者達が、都や被害の大きかった地域から着のみ着のままで続々と助けを求めてやってきていたのだった。

「!!」

 グラグラと地面が揺れ始めた。

 大きくはない揺れだったが、大地震を経験し命からがら逃げだしてきた者達には十分恐怖を煽るものだった。

「わああああ!!またなゐ(地震のこと)だ!!」

「今度こそ死ぬぞ!!」

 震えながら地面にしゃがみ込む者、その場から逃げ出してしまう者、人々はパニックに陥った。

「皆落ち着きなさい!御仏は決して皆をお見捨てにはならない!なゐはじきに収まりましょう!」

 行基は自分にしがみつく人々を落ち着かせようと声を振り絞った。

 すると、その声に呼応するかのように揺れはピタリとおさまった。

「!!おぉ……行基様の仰る通りだ!」

 人々は安堵の表情を見せ、逃げた人々も再び戻ってきた。

「……目立った被害はなさそうです」

 知識結の一人である僧侶が行基に声を掛けた。

「そうか、ありがとう。よろしい、では粥を配ろう」

 行基の言葉に安堵したのか、人々はわあっと笑顔を見せた。

 その時。

「どけどけ!馬に蹴られるぞ!!」

 男の大きな声があたりに響いた。

 人々がぎょっとして声の方を振り返ると、黒い頭巾をかぶり深縹ふかきはなだ色の袍(上衣)を身につけた官人(役人のこと)の男を乗せた馬が、敷地内に飛び込んできた。

 先程の地震に驚いたのか、馬は息荒く興奮しており人々の列に突っ込もうとする。

 黄色の袍を着た直丁じきちょう(役所の雑用係)の男は馬が人々のいる方に突っ込まないよう手綱を掴んでひっぱり、声の主である馬上の男も馬の腹を蹴って何とか鎮めようとする。

 しかし、騒然とする敷地内の状況に馬はますます興奮し、首を激しく振って直丁を振り飛ばした。

 馬の姿を見た人々は馬から少しでも離れようと、大声で叫びながら門からだけでなく壁を乗り越えて逃げ惑う。

 飛ばされた直丁が、行基のすぐ前まで転がってきた。

いまし、大事はないか!?」

 行基が驚いて声を掛けるが、直丁は呻き声をあげてうずくまっている。

 行基は直丁を介抱しようと近づいた。

「踏まれるぞ」

「?」

 誰かの言葉を聞き留めた行基が頭をあげると、馬が眼前に迫っていた。

 馬は激しくいなないて、まるで直丁を踏み潰そうとするかのように前足を大きく上げる。

「いかん!」

 行基は咄嗟に覆いかぶさって男を庇った。

 しかし。

 馬は後ろ足で立ち上がった状態のまま、まるで彫像のようにその場でピタリと止まってしまった。

「!?」

 驚いた行基が馬を凝視すると、馬は足だけでなく目も動かさず、息すらしていないようだった。

「うお、うわああああああ!!」

 官人が馬の背から転げ落ちる。

 馬はしばらく後ろ足で立ったままの状態で固まっていたが、突然どうっと横に倒れてしまった。

「馬が止まった?……命が尽きたのか!?」

 行基は驚いた顔で馬を見つめる。

「いけません行基様!お下がりを!!」

 知識結の一人が行基を引っ張って馬から遠ざけ、他の者達は慌てて馬を取り囲んだ。

 すると、突如馬の身体がまるで電気ショックを与えられたかのようにビクッと跳ねると、上体を起こして立ち上がろうともがき始めた。

「なんだぁ?馬が突然倒れたぞ!しかも横に……」

「死んだんか?」

たわけ、死んだら動かんだろうが!」

 人々はあれこれと言い合いながら遠巻きに様子を伺っている。

「倒れた?倒れただけか?一瞬動きが止まったような……?」

 行基は引っ張られながらも、呆然として敷地の外へ連れ出される馬を見つめていた。

 知識結達が集まって官人と直丁を介抱すると、官人は腕を押さえ苦しげな表情で、

「ぎょ……行基……行基という僧侶はここにおるか?」

 と、行基を呼んだ。

「ここに居ります」

 行基が官人のそばまでやってくると、官人は行基の顔を見ていった。

大君おおきみが汝を必要としておられる。今すぐ参朝するように」

「何ですと!?」

 行基だけでなく、周りにいた人すべてが驚いた。


 官人と直丁は、布施屋にある病人や怪我人の治療を行う棟に担ぎ込まれて治療を受けた。

 幸いにも二人とも命に関わるような重傷ではなく、話を聞いた行基は胸をなでおろした。

「しかし……しかし、なぜ今!」

 行基は苦虫を噛み潰したような渋い顔をしてつぶやいた。

 その官人が治療を受けつつ言うには、大君である聖武天皇の娘阿倍内親王が先の大地震に驚いて征中の病(胸騒ぎがする病とされる)に罹り、以来臥して起き上がることができないでいるため、行基の力でもって病を鎮めるように、との密勅であった。

「どうされるのですか!?お行きになられるのですか!?」

 行基と出家在家の信者が入り混じった知識結達は、一室に集まり行基を囲んで議論していた。

「わざわざ京師みやこへ行って読経をする暇があるなら、ここでなゐにより家財を失くしてしまった民達に施しをしたい」

 行基は首を横に振って言った。

平城ならの都には吾より優れた力を持つ僧伽が沢山いる。内親王は吾の力なくとも救われよう。しかし、眼前の民は吾等が手を伸ばさねば救われぬ!今そのような暇はない」

「ですが行基様!朝廷の命に従わなければ、行基様もかつての役小角様のように無実の罪を着せられて流罪になってしまうのではないですか?」

「待て!たとえ都へ行ったとしても、病を治すことができなければそれで罪を得てしまうかもしれない」

「汝は何を申すか!行基様にできぬことなどない!ただ、今はそんな暇はないと仰っておられるのだ!」

「大体、なぜ行基様なのだ?朝廷には当代最高の技を持つ医人や呪禁師じゅごんし(ここでは防御と治癒に特化した方士のこと)が詰めているのだろう?その上行基様のおっしゃる通り僧伽も沢山いる。その者達を差し置いて行基様に声を掛けたのは何故だ!?何か裏があるに違いない!」

「もしかしたら、行基様を罠に嵌めようとしているのでは?」

「罠に嵌めるだと!?行基様と吾等で、朝廷に言われた通り狭山の池を改修したではないか!感謝されこそすれ、かつてのように貶められる理由などあるものか!」

「いっそのこと、こうしている間に裏から逃げてしまえばよい!それこそこんな議論をしている暇はないのだぞ!行基様、勅命など無視し他の寺か布施屋へ行って民を救済すべきです!」

 行くか行かないかの議論は堂々巡りとなって、いくら時間を費やしても結論はつかなかった。

 すると、議論する人々の中から、

「行くも死、行かないも死なら行った方がいい。適当に読経をあげて体裁をとりつくろい、もうやったから褒美に民達に施しをなして欲しいと頼むのだ」

 と、いう声が聞こえた。

「!!」

 逡巡していた行基はハッとして頭をあげた。

 以前河内にある巨大な狭山の池を丈夫に改修せよと言われた時も、同じような言葉を聞いたことを思い出した。

「……そうか、結果民のためになるように仕向ければよいのだ」

 行基はそうつぶやくと、

「民のためになるのなら、いや、民のためになるようにしよう!」

 と、京師行きを決めたのだった。


     二


「残念ながら、汝自身にはそれ以上の力はない……」

「!!」

「……大丈夫ですか行基様!もうすぐ都が見えます。馬上はお辛いでしょうが、もうしばらくの辛抱ですよ」

「!」

 馬から落ちそうなほど頭を揺らす行基を心配して、同行している知識結の男が声を掛けた。

「……申し訳ない。本来ならば徒歩でゆかねばならぬところなのに、こんな贅沢なことを」

 行基は馬上でうたた寝をしてしまっていた。

 行基は参朝を承諾すると、翌日身だしなみを整え日の出と共に知識結の仲間数人と都へ向かったのだった。

 馬は、老齢の行基を気遣って裕福な者が用意してくれたものだ。

「この年になっても思い出されるものなのだなぁ……つらい記憶というものは」

 行基は寂しそうにつぶやいた。

 夢の声は、一度だけ相見した役小角が自分に与えてくれた言葉だった。


 行基という僧は天智天皇七年(西暦六六八年)の生まれで、数え年六十七歳になる。

 十五歳の時に才ありと認められて出家、当初は法行と称して大官大寺、法興寺、薬師寺と様々な寺の門を叩いて、主に法相宗という大乗仏教系の宗派の教学を熱心に学び、後に名前を行基と改めた。

 しかし、やがて寺を出て自分の持つ神通力を磨かんと山に籠って修行をし、役小角と出会ったとも言われている。

 そして、行基は三十七の歳に山を下りて民衆に布教を始めると共に、橋や池、道路などの土木事業やこの布施屋のような慈善事業を始めたのだった。

 熱心に勉強していた行基が寺を出たのは、「衆生を救う」という御仏の教えと、諸所の大寺院が実際に行っていることとの間に大きな隔たりがあるのではないか、と思い悩んでの行動だった。

 行基は決して大君や国家を憎む反逆の徒ではない。

 法興寺や薬師寺では勉学だけでなく、国家鎮護のため、また寺を建てた皇族や貴族達のために読経をあげる日々でもあったが、行基はそれ自体に不満はなかった。

 彼等も救われるべき衆生の一部であり、実際に救わなければならない者もいたからだ。

 ――しかし、皇族や貴族だけを救っていていいのか?

 京師から一歩外に出た世界には飢えや渇き、過酷な労役に苦しむ民衆がいる。

 彼らも救われるべきではないか、それなのに京師の寺はどこも民を救ってはいない、と考えたからこそ袂を分かったのだった。

「しかし力でもって病を鎮めよとは……吾に才があることを知っている者が朝廷にいるのだろうか?」

 行基は首をかしげた。

 行基は幼いころからカミが見えるという才(この才を持つ者を見鬼という)を持っていた。

 出家をしたのはこの才を生かしたい、仏道の修行をすることで才は極まり、当時民衆の間で人気があった役小角のように衆生を救えるようになるのではないか、という思いが自分の中にあったからでもある。

 しかし、相見した行基に役小角がかけた言葉は、

「汝がどれだけ修行をしてもカミが見える以上の才は得られない。己が持つ超常の才に頼らず、御仏の言葉を信じて民を救え」

 という行基にとっては惨い宣告だったのだ。

「……皆吾を過信しておるようだ。はてさて、言葉通りにうまく行くやら」

 行基は苦笑した。

「行基様!都が見えましたよ!」

 同行した一人が叫んだ。


     三

 

 驚いたことに、平城宮は既に崩れた建物の修復が済んでおり、塗られたばかりの白壁が青空の下美しく映えていた。

 宮に近い場所に建つ貴族達の邸宅も皆綺麗に修復が済んでいる。

 しかし南の方を見やると、宮城から離れるほど崩れたままの小さな家屋が目立った。

 行基達一行は宮城の正門である朱雀門の前まで行くと、

「ひとりで宮の中に入るように」

 と出迎えた官人に指示された。

 行基はどこをどう行ったのかさっぱり分からないまま、宮の中を進んでいく。

 あちらへ行っては外で待たされ、こちらへ行っては建物の中で座って一息つく。

 最初は官人だった案内役は、いつの間にか女官に変わった。

 結局、行基を呼び出した聖武天皇と接見することは最後までなかった。

 そして、日も傾いた夕方になってやっと阿倍内親王の寝所に通され、控えの間から几帳越しに読経をすることになったのだった。


 寝所は広い一棟を几帳や屏風で六畳間程の広さに仕切ったもので、御床ごしょうと呼ばれる木製のベッドの上に畳が敷かれ、内親王はその上に臥せっている。

 几帳越しに微かに見える内親王は静かに寝入っているように見え、どこを病んでいるのか行基には見当もつかなかった。

 しかし日が暮れ、漆塗りの燈台に灯りがともされた頃。

 行基が経を呼んでいると、突然内親王ががばっと起き上がり、

「苦しい!胸が苦しい!!」

 と胸を押さえて呻きだした。

 行基は突然の変異に驚いたが、一心不乱に読経を続ける。

 しかし内親王の苦しみは治まらないのか、胸を押さえては苦しい苦しいと大声で叫び続けた。

 その時、燈台の灯りが全部消えた。

「!!」

 行基が読経をしつつ帳の奥を凝視すると、真っ暗闇であるにも関わらず、内親王の周りにぼんやりと黒い影が見えた。

 ひとつ、ふたつ。

 大きなもの、小さなもの、細いもの、太いものと様々な影が五つ見える。

 行基は思わず読経を止めた。

 それは人の影だった。

 常人に見えるものではない、自分の持つ見鬼の力で人ならざるカミ――を見たのだ。

 そのうちの一つ、太く大きな人影が自分の腕を苦しむ内親王の胸のあたりに突き刺しているように見える。

「道理で……」

 しかし、行基には見鬼以外の才はない。

 内親王の胸からあの腕を引き抜くには、御仏の力、法力を使うしかなかった。

 しかし、そんなことは今まで他の僧伽が行ってきたことだろう。

 自分が法力を使って果たして効果があるのか?

 いや、今悩んだとしても何事も解決することはない、と行基は首を横に振った。

 とにかく自分の出来ることをやるだけだ。

 経を読もうと再び口を開いた瞬間。

「ジャマヲスルカ、沙門!」

「!!」

 太く大きな人影から怒鳴り声が聞こえた。

 行基が耳を澄ますと、

「クチオシ……クチオシ……」

 か細い大人や子供の声が聞こえる。

 行基が声に気をとられた瞬間、人影から腕が行基に向かって伸びた。

「ぐうっ!?」

 すると、行基の胸に締め付けられるような痛みが走った。

 同時に内親王はばたりと倒れる。

 今度は行基が痛みでその場にうずくまってしまった。

 いつの間にか人影達は行基の周りに集まり、

「クチオシ……クチオシ……」

 と小声で呪詛を吐いている。

 当時の平均寿命をとうに超えた行基にとって、死ぬことは恐ろしいことではない。

 しかし、このまま自分が死ねば、楠葉の布施屋で待つ貧しい者達は、いや、先のなゐですべてを失ってしまった民達はどうなる?

 朝廷は救ってくれるのか?

 それだけではない、目の前で倒れている内親王もまた衆生の一人だ。

 まず彼女を救わなければ!

 行基が思いを巡らす間も、早く死ねとばかりに胸の痛みはどんどん強くなり、息をすることも難しくなってきた。

「この老僧の命消えても構わぬ、吾の代わりにどうか目の前の御方の御命をお救い下さい!南無薬師瑠璃光如来!」

 行基は絞り出すようにしてなんとかつぶやき、手を合わせた。

 その時。

「おい高市の小倅。草壁の子等は吾の獲物だ、横取りは許さんぞ!」

 どこかで聞いた声が行基の後ろから聞こえた。

「!!」

 太く大きな人影は几帳ごと吹っ飛び、あっという間に向こうの壁まで飛んで行ってしまった。

「そんなに暇ならふひとの子達と遊ぶがいい。この殿上は吾の住処だ、さっさと去れ!」

 強い口調の声が再び響くと、人影達は、

「クチオシ……クチオシ……」

 と声をあげながら、スッと消えていってしまった。

「……救われたのか?……御仏の御慈悲か……いや、誰かが……」

 行基が荒い息を整えようと深呼吸をしていると、

「いやあ怖い思いをしたなぁ!」

 男の声が聞こえた。

「こんな身内の諍いに汝が関わる必要などなかったのだ。申し訳ないことをした」

 暗く不気味な辺りには似つかわしくない、親しみのこもった明るい美声だ。

「あの女童が死のうが生きようがどうでもいいので目を瞑っていようかとも思ったのだが、汝に手をあげるというなら話は別だ。あれ等はもう宮の中には入って来ないから安心しろ。と、おびと(聖武天皇)に報告するがよい」

 機嫌が良くなったのか、声の主はテンション高く一方的にしゃべっている。

「それにしても久しぶりだなぁ。年を取っても息災なようで何よりだ!落ち着いたらまた寺を建てるのか?」

 ――どこかで会ったことがあったろうか?

 行基が怪訝そうな顔で心当たりのある知り合いを思い出そうとした。

「なあに!汝は若い頃、薬師寺で毎日熱心に読経していたじゃないか。いつも聞いていたよ」

 行基の心を見透かしたかのように男は説明した。

 行基が後ろを振り返る。

「!」

 そこには、もとどりをほどいた白髪に、行基が若い頃によく着られていた形の朱華はねず色(オレンジがかったピンク色)の袍を纏った若い男が、ニコニコ笑って立っていた。

 暗闇の中、なぜか彼の姿だけライトで照らしたかのようにくっきり見える。

 行基が目を凝らすと体は透けて、向こうの壁がかすかに判別できた。

 彼もまた、鬼であった。

 男はふっと真顔になり、

「いいか、先程のように逸って無駄死になんてことは金輪際してはならんぞ!年寄りだからもう死んでいいということは決してない。命は最後まで無駄なく使いきるのだ」

 男はしゃがみ込むと、行基の肩を叩いて言った。

「吾のようになるな」

「!?」

 行基はすべてを理解して慄然とした。


 阿部内親王の命を救ったことになった行基は聖武天皇の篤い信頼を得、その後大仏建立という大事業に協力することとなる。

 聖武天皇は行基の望みを聞き入れ、苦しむ都の衆生を救うべく都の西の郊外に寺を建てたのだった。

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