第3話ㅤ春の花とは1年ぶりに、君とは2ヶ月ぶりに

 ただ、そのほとぼりは1ヶ月くらいあった春休みによって冷めてしまった。

 というか、写真に夢中な私は年度明けにはすっかり忘れていたのだ。


 4月になって春が濃くなる頃、私の興味を沸き立たせるものが外に溢れかえっていた。

 タンポポ、チューリップ、ヒヤシンス、スイセン。地面を彩る花たちは太陽に向かって生き生きとしている。

 そんな花たちを撮影していると、サクラの花びらが土上にヒラヒラと着地した。桜の木はゆらゆらと揺れ動き、花が少しずつ解けていく。その綺麗さを収めようとシャッター音を鳴らした。

 サクラを見上げるアングルばかり撮れたので、見下ろすように腕をピーンとのばしてカメラを持ち上げた時、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、佐倉さくらさんだ」


 振り向くと、赤西くんがこちらに歩いてくる。なんで!?ㅤそれに私の名前も知ってたし……。彼が近づいてくれば近づいてくるほど、頭の中はパニック状態になる。

 赤西くんは足をゆるめることなく、隣まで来てサクラを見ながら、写真部なの?ㅤと私に問う。私はかなりの戸惑いを隠しながらも、趣味で写真を撮っていることを説明した。


「素敵な趣味だね!ㅤどんな写真撮ってたの?」

「今はサクラを見下ろす写真を撮ろうと思って……」

「じゃあ俺が撮ろうか?ㅤめいっぱい腕伸ばしてたし」


 撮って欲しいな、そう思って赤西くんを見上げると、目が合ってそのまま彼は微笑んだ。その顔を見た途端、あのバレンタインの日が頭の中を過り、心臓の音が耳元で鳴る。早く返事をしないと、そう思って慌てて言葉を返す。


「えと、じゃあ、お願いします」


 私は持っていたカメラを赤西くんに渡す。手からカメラが離れていくだけなのに一瞬、繋がると考えたら頬が熱くなった。

 赤西くんはそんな私をお構い無しにサクラに向かってカメラを覗いていた。赤西くんの長いまつ毛が、カメラに触れるか触れないかの距離で止まっている。その様子に思わず息を飲んだ。

 あの冬に見たくっきりとした横顔を、もう一度見れるなんて思ってもいなかった。この時間がもっと続けばいいのに、なんて浮ついたことを思うが、そんなふわふわのした心は、赤西くんが鳴らすシャッター音でかき消される。


「どうかな?」


 カメラを差し出しながら目元をクシャッとさせて笑う赤西くん。心拍数がさらに加速する。

 手元にカメラをもらうと私は1つ言葉を落とした。


「綺麗……」

「ほんと!ㅤよかった」


 ヘヘッと笑う赤西くんはこう続けた。


「良かったらそのデータ送ってくれない?」

「うん……!ㅤというかこれ赤西くんの写真だし!ㅤあとでスマホにデータ取り込むから連絡先、交換してくれる?」


 すごいことを言ってしまった……! まさか、男の人と連絡先を聞いてしまうなんて。こんな写真バカな私となんて迷惑かもしれない、なんてぐるぐるとした私の思考は赤西くんの「おっけー!」という声に止められる。

 そして、スマホの画面に“一輝”の文字が映ると、私の頬は自然と緩んだ。


「ありがとう。じゃあまた後で送るね」

「わかった!ㅤそれじゃあね」


 赤西くんと別れた後、私はなんとなくふわふわした気持ちでいた。辺りが何となく明るく見えて、撮れる写真は色彩が濃く写るように感じた。

それが何なのかよくわからないまま、この瞬間を、胸が高鳴った今を写真に収めたのだった――。






 家に帰ってカメラからスマホに写真を取り込んだ。赤西くんの撮ったサクラは私の写真とは全く違った写真で、温かみのあるような、絵のようなやわらかい感じがした。

 赤西くんとのトーク画面。打ち込む文は何度も消して考える。


『こんばんは、佐倉です。

 今日はありがとうございました。

 写真添付しておきますね』


 これ以上何を言ったらいいかわからず、勢いで送信ボタンを押した。


 ピロンッ。

 しばらくして私のスマホが鳴った。通知の一覧に“一輝”の文字が映ってその上に指を置いた。

 再度開くトーク画面。赤西くんが繋いだ文字を1文字1文字をなぞるように読んだ。


『こちらこそありがとう!

 写真とか普段撮らないから楽しかった!』


 その文の後に“Thank you”と書かれたスタンプが置かれている。

 今日のことで赤西くんは優しくて気さくな人だと知ることが出来た。そして、よく笑う人だと。


 その夜は上手く寝付けなかった。まぶたを閉じたら彼の笑顔が浮かんで、ドキドキが止まらなくて。



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