第1話ㅤ失敗は被写体との出会いを
それは年明けの1月の出来事。私は書記として今年度の生徒会活動のスライド作りに勤しんでいた。各委員会の説明の録音データをスライドに乗せていく。
私の心臓がキュッと縮こまった。焦りながらも確かに録音したはずのデータを必死に探す。しかし、半分の委員会の音声データがUSBメモリにもパソコン内にもどこにも無かったのだ。
「どうしよう……とり直すしかない、よね」
こうして私は急いで役員に連絡を回した。
誰もいない別棟の教室での録音。委員会の順番で10分ごとに録音する子がやってくる。2回目の録音でピリピリしてる上、初めてしゃべる人だって居る。次は選挙管理委員会か……怒られないかな、そんな思いで待っているとガラガラとドアの開く音がした。
「撮り直すことになってごめんなさい。よろしくお願いします」
2人に向かって頭を下げると
「全然大丈夫だよ」
と委員長の女の子の優しい声が返ってきた。隣の背の高い男の子はぺこりと軽く頭を下げていた。
「ありがとう。じゃあ早速だけど始めます」
私は録音開始ボタンを押して2人のことを見ていた。女の子の柔らかい声が終わると、男の子が口を開いた。初めて聞く低い声、それはとっても落ち着いた低い声で男の人なんだなと感じた。でもそれよりも私の心をぐっと掴んでくるものがあった。
それは彼の顔だった。変わらない淡麗な表情、少し長いまつ毛、くっきりとした横顔。細部まで理想の顔である。そして彼の顔に私はシャッターを切りたい、という衝動が湧いた。
私は写真を撮ることが趣味だ。特に風景写真。何気ない風景でさえ、写真に収めると“広い世界のどこか”という枠で残る。その自由な感じが好きで風景ばかりにシャッターを向ける。
けれど時々、風景の1部として人物を取り入れたくなるのだ。人物を取り入れることで、これが現実世界だと明確にしてくれるから。景色が本当にあるのだと分かると、私は心がそっと熱くなるのを知っていた。
でもそれに紛れて欲しいのは彼のような目立たなく淡い瞳を持った人だった。だからこの時は彼を被写体として見ていたのだ。
「ありがとう」
録音終わりの2人にそう伝えると、女の子は「いえいえ」と返事をして、男の子はまたぺこりと頭を下げ教室を後にした。
また1人になった私は窓から中庭と向こう側に本館を見ていた。人通りの多い昼休み。膨らみ始めた椿の花。
窓を開けると、冷たい空気が教室の中に入る。けれどそんなのは関係ない。私はレンズを覗いて、のどかな冬の風景と向こう側の校舎を写真に収めた。夢中になって、指が寒さで赤くなるまで。
昼休み終了のチャイムの音でハッとし、私は走って授業に向かった。だから撮った写真は放課後に確認したのだ。
椿の木に焦点を当てた写真。背景になる校舎の窓の向こう側に笑顔のさっきの男の子、選挙管理委員会の副委員長の子が映っている。こんな風に笑うんだ、と思いながら私は役員名簿を開いた。
役員顔合わせはあったものの基本他人に興味が無いため、顔と名前が一致しないどころかどんな人がいるかすら分からなかった。ましてやこんな人いたっけくらいな感じ。それではいけないと思うけれど、人の顔を覚えるのって難しい。心の中で、解決しそうもないことを思いながら彼の名前を見つけた。
“
隣のクラスの子らしい。探したはいいものの特に興味もなく、すぐにファイルを閉じた。
この日はただ君の存在を知るだけだったのだ――。
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