第39話 新たな命
ジークフリードとの戦いから早数年。
二人は晴れて夫婦となり――“親”となった。
「はぁ……可愛い。可愛すぎて死にそうだ……」
「……そのセリフはもう何百回も聞いたわ、ディルク」
ある春の日の朝。
オフィーリアが薬草園の手入れから戻ると、悶絶した様子で床に崩れ落ちるディルクを発見し、思わずため息をついてしまう。
彼をここまで狂わせているのは、リビングの隅に置かれたベビーベッドの中でスヤスヤと眠る赤ん坊。
異国人を連想させる褐色の肌も、まだまばらにしか生えていない銀髪も、今は安らかに閉じられているがつぶらな金色の瞳も、そのすべてがドラゴンの血を引いていることを如実に表している。
この子はアナスタシア。その名の通り女の子だ。
目鼻立ちはオフィーリアにそっくりなのだが、色彩の特徴に引っ張られて大抵の人からは父親似だと言われる。
そんなアナスタシアが眠りから覚め、もぞもぞと動き出して金色の瞳を開く。
「うー、あー……」
短い手足をばたつかせて毛布を引っぺがし、まだロクに見えていないはずの目をきょろきょろさせる。
「あら、出番みたいよ。小さなドラゴンさん」
彼女が探しているもの――それはぬいぐるみサイズのディルクだ。
人型だと傍にいるだけでギャンギャン泣くのだが、何故かドラゴンの姿だとキャッキャッとはしゃいでご機嫌になり、ムギュッとくっついて離れない。
特に理由なくぐずっている時の即効性はすさまじく、オフィーリアがあやすよりずっと早く彼女のご機嫌を取ることができる。
しかし、人肌と変わらない温かさがあるとはいえ、硬い質感の鱗に覆われたものが密着して痛いのではと心配し、町で買った同じくらいの大きさのぬいぐるみを与えてみたが、効果がないどころか余計に泣き喚く始末。
これなら普通にあやした方がはるかに早く泣き止む。
現在ディルクを模した等身大のぬいぐるみを製作中ではあるが……それの効果もないような気がしてならない。
どうしてこんな現象が起こるのか、子育て経験のない男性ドラゴンたちの無い知恵を絞って検討した結果、無意識に同族の魔力を求めているのではという見解に落ち着いている。
人型ではダメな理由としては、長身の男性は赤ん坊からすれば威圧的に感じるからだろう。
「……できればこっちじゃない姿でも甘えてほしい……」
そう肩を落としつつも、いそいそと小さなドラゴンに転じて娘の隣に座る。
普通のベビーベッドならギュウギュウになってしまうところだが、混血の赤ん坊の体格や成長速度が分からず、大きめのベッドを特注して正解だった。
アナスタシアはディルクの姿を捉えてすぐさま破顔し、ギュッと抱きつくと「あばあば」とご機嫌に笑いながら、よだれのついた手でペチペチと鱗を叩く。その様子をデレデレした表情で見下ろし、短い前足で優しく頬っぺたを挟む。
傍から見ると『命の宿ったぬいぐるみと赤ちゃんが遊んでいる』といったおとぎ話の一場面のようで実に微笑ましい光景なのだが、どう穿っても父子の触れ合いには見えない。
でも、二人とも幸せそうなので何も問題はないだろう。
オフィーリアも夫と一緒に赤ん坊を愛でて幸せな時間を共有しながら、この子の特異性について考える。
この子はドラゴンであり魔女でもある、おそらく世界にただ一人の存在だ。
その出自ゆえに数奇な運命をたどるか、はたまた血の因果など関係なく穏やかな人生を送るのか、それは誰にも分からない。
彼女のために何ができるのかとか、どうやったら幸せにしてあげられるのかとか、一度悩み出したらキリがないが――どれだけ悩んでも苦痛を覚えないどころか幸せすら感じるのだから、きっと贅沢な悩みなのだろう。
そう心の中で締めくくり、再びウトウトし始めた娘の頭を撫でた。
落ちこぼれ魔女とドラゴン 神無月りく @riku_kannnaduki
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