第73章 まだ死ぬわけにはいかねえ④

 だが、宮島は眼を開けてはくれなかった。アリーナは泣き出しそうな顔でマッサージを続けた。だがたとえ、どんなに泣きたくても人間のような涙は出ない。それはアリーナにとっては、すごく悲しく苦しいものだった。


「宮島さん! お願い起きて! 眼を覚まして!」

 アリーナは感情を露にして、悲痛な声を上げ続けた。


 だが宮島は、ピクリとも動かなかった。


「なによ! これくらいの傷で! わたしを1人にしないで!」

 アリーナはますます感情を高ぶらせ、普通の人間なら胸骨が潰れかねないほど腕に力をこめてマッサージを続けた。すると、ドクンドクンという心臓の鼓動音がアリーナの手に伝わってきた。続けて、左手も少し動いた。


「宮島さん!」

 傍で心配そうに見ていたレオニードが声をかけてきた。


「もう大丈夫です。レオニードさん、後は頼みます。わたしは戦場に戻ります」

  心臓が正常に動いているのを確認したアリーナは、すごくほっとした顔でレオニードに眼をやり、後の処置を頼んだ。


「え? 戦場に?」

 レオニードがすこしびっくりした顔で訊き返してきた。


「はい。防衛戦には1機でも増えたほうがいい。わたしはすぐに戦場へ向かいます。宮島さんの手当てを、どうかよろしくお願いします。後しばらくしたら眼を覚ますでしょう」

 アリーナは宮島の傍にいたいとの思いを封じ、強い声で説明した。


「それなら、宮島さんが眼覚ましてからでも」


「いえ、火星の人々の運命がかかっています。1分1秒でも無駄にはできません」

 アリーナは強い決意を込めた口調で応じた。


「わかりました。後は任せてください」

 レオニードが今度は頷くように声を返してきた。


「それでは、後を頼みます」

 アリーナは腰を上げると、宮島の顔に眼をやった。


 付き添っていたい未練を断ち切り、戦闘機に向かった。操縦席に乗り込むとファームを一瞥した眼を空に向け、一気に飛び立った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る