第70章 防衛戦⑮
「ハークション!」まさか宇宙でくしゃみをするとは。やっべえ、ヘルメットの面にもう少しで鼻水が付くところだった。誰かが、俺の噂をしやがったかな? いや、いまはそれどころではない。
もうすぐ火星の大気圏に吸い込まれそうだ。このままでは、俺も一緒に落下して、焼き殺されてしまう。悪党たちと心中するのは、まっぴらごめんだぜ。そうはいっても、このままでは、俺の体は焼却処分にされる。いまならまだ間に合う。悪魔の連中と一緒に業火に焼かれるよりはましだと、宇宙の彼方へ飛んでいくことを決めた。少なくとも、酸素が尽きるまでは生きていられる。
俺は腹を決めると甲板を蹴って、宇宙に飛び出した。だが思ったほど、体は宙に飛んでいかなかった。飛んでいったのは数秒で、その場に浮いていた。どうやら重力と無重力の境目だったようだ。
「これが、ほんとの宇宙遊泳だ」
落下していく艦船に眼をやりながら、独り言を零した。
だが宇宙の彼方へ飛ばされなかった安堵感は、すぐに消し飛んだ。火星の引力に徐々に引っ張られる感覚が、全身を襲った。
これはやばいぞ! 俺の全身が凍り付いた。そうだ!! 宇宙遊泳をすればいい。手と足を使って引力から脱しようと試みたが、無駄な悪あがきというもんだ。死神の手に足を引っ張られて、三途の川に落ちていく思いだった。
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