第57章 大洪水⑪

 洪水遊覧の旅に、ラッキーにもめでたく当たった人たち。いや救援機、救援車での脱出の抽選に外れた人々がぞろぞろと集まってきた。その数は、ちょうど180人だ。1隻の乗船を25人で計算していたから、定員不足だ。追加の臨時募集をしようか? と思ったが、物好きな希望者はいなそうなのでやめた。


「みなさん、同乗する救援隊員たちの指示に従ってください。まずは、ボートをあの丘の上に運んでください」

 乗船者たちは救援隊員の指導に従い、それぞれのグループにわかれてすぐボートを持ち上げ、移動を始めた。


 俺と恵美、アリーナも一緒に、目指す丘の上にボートを運んだ。俺たちのボートには、他のボートより多い20人だ。


「おとう、大丈夫? もしものことがあったら、一人でも逃げてよ」

 恵美が潜めるような声で吐いてきた。


 娘は、娘なりに、自分の身よりも、父親の命を守ろうとしていることを知り、急に胸が熱くなった。


「ばかやろう。俺は、地球で死線をなんども潜り抜けてきた不死身の男だ。そう簡単にはくたばったりはしないよ。それより、おまえ。俺より先に死んだりしたら絶対に許さないからな。あの世まで追いかけて、しばくぞ」

 胸を熱くしながらも、俺も声を潜めて、この状況下で言う言葉かよ、と人に一指し指を刺されそうな、縁起でもない話で盛り上がった。

 ま、死神退散の厄払いの会話だと言うことにしておこう。


「宮島さん、もうすぐ濁流が来ます」

 側に並んで座っていたアリーナが声を飛ばしてきた。


 ザザザー! という死神の声のようにも聞こえる濁流の不気味な水音が、次第に大きく聞こえてきた。まさか、かつて地球の砂漠のどこよりも乾燥しきった赤い惑星で、大洪水に襲われるとは夢にも思わなかった。


 濁流が目前に迫ってきた。濁流というよりは、悪魔の群れのように思えた。


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