第57章 大洪水⑧
恵美たちがいる避難場所が見えてきた。周りでは救援をしている大型搬送機がひっきりなしに飛んでいた。一方陸上では、渓谷の斜面に急ごしらえで造った道を救援車両が列をつくって降りたり登ったりしていた。まだ谷底には、700人近くが救援を待っていた。
「洪水の一部が、第1の堰止めを超えたとの連絡が入りました。堰止めを超えた濁流が、第2堰止めに向かっているそうです」
パイロットが報告してきた。
「もし第3の堰止めも超えたら、3時間以内にここを襲ってくるわ。急がないと」
アリーナが声を飛ばしてきた。
着陸すると、急いで資材を下ろし組み立ての作業に入った。10隻を作るつもりだったのだが、時間がない。結局作れそうなボートは5隻だけで乗れる数は全部で150人だ。後は救援機、救援車両でなんとか避難させなければならない。
そこに、事前に伝えてあった救助隊員が、恵美を連れてきた。
「おとうっ」
恵美が不安そうな声をあげてきた。
おそらく他人の前では気丈に振舞っていたのだろう、父親の顔を眼にして、繕っていた顔の鎧がとれて、怯えた顔になっていた。
「おまえを救いに来た。親より先に死なせるわけにはいかないからな」
俺は作業の手を中断し相対すると、少し軽口を吐いて、あえて微笑みをつくった。
「みなさん、万が一に備えて、ボートを作ります。手伝える方は応援願います」
ここの副指揮官をしている宗徳という男が声を張り上げ、協力を要請した。
それに応え、30人ほどの男たちが作業に加わった。
「洪水は堰き止められるのでしょ?」
恵美が縋るように訊いてきた。
「いや、洪水は第1の堰止めは越えた。ここにも来るだろう。だから俺とおまえは、このボートに乗る。おまえのことだ。救援機で避難しろと言っても、取り残される人がいたら乗らないからな。俺たちは、このボートで逃げる」
俺は周りには聞こえないよう声を潜め、恵美の眼から視線を逸らさず、おまえを絶対に守ると語った。
それから作業を進めて1時間ほど経った頃だった。洪水の状況を監視している隊員から通信が入った。第2堰止めも、突破されたとの報告だった。
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