第57章 大洪水⑥
しばらく、渓谷のはるか先を見つめ続けた。娘の元気な顔を見たくてたまらなかった。元気にしているのか? できれば、いますぐにでも顔を見にいきたかった。
「宮島さん、娘さんを迎えにいきましょう」
アリーナが俺の心の気持ちを察したのか、作業の手を休めて声をかけてきた。
「いや、娘は、みんなを置いて避難したりはしない。みんなの避難を見届けるまで、最後まで残るよ。火星行きも最後の船に乗った。母親の介護のためだとはいえ、息子を残して火星に来たことをいまも後悔している」
俺は重たい口調で声を返した。
「それなら、娘さんの、恵美さんの救助方法を別に考えないと。洪水がせき止めを超えてしまったら、助からないわ」
アリーナが心配した顔で応じてきた。
それは、アリーナに言われなくても、ずっと考えていた。だがせき止める以外に、他に助ける方法など思いつかなった。爆薬を仕掛け終えたらすぐに救助に向かうことになっているが、3機に収容できるのは60人だけだ。ピストン救援しても、せいぜい数百人だ。
「アリーナ、洪水の水量と水流はどれくらいになるか? わかるか?」
渓谷の底を見渡しながら、曇った声で訊ねた。
娘を救うためなら、なんでもやるつもりだ。たとえ、泳いででも娘を助ける。
泳ぐ? それが頭に過ると、ある案が浮かんだ。そうだ! 何か浮かぶものをつくればいい。
「アリーナ、何か水に浮かぶものはつくれないか? 100人は乗れるもの。いや50人でもいい。取り残された人たちを救いたい」
俺は藁に縋るように訊いた。
「浮かぶもの?」
短く声を返すと、何かを思案するような表情をしていた。
「宮島さん、クレーターに張ったシートを取りに行きましょう。あのシートは完全防水になっているわ」
アリーナが、また眼を真っすぐ見て答えてきた。
「わかった。作業を終えたら、すぐに取りに行こう」
俺は声を返すと、渓谷の方角に眼をやった。
……待っててくれ。恵美。お前を絶対に死なせたりはしない。
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