第57章 大洪水②

 俺は自分の耳を疑った。


「アリーナ、それは本当なのか?!」

 即座に訊き返した俺の心は、激しく動揺していた。


 マリネリス渓谷には、娘の恵美がいる。自分の命よりも、大切な娘だ。洪水が間違いであることを強く祈った。だがアリーナは間違えたりはしない。大洪水が襲ってくるのは、確実だ。


「ええ間違いないわ。洪水が来ることは現地にも伝えたわ。みんな避難を始めているはずよ。でも数が多すぎる。全員が避難する前に、洪水が襲ってくるわ」


「どういうことなんだ? 洪水はどこから?」

 俺は青ざめた顔で訊き返した。


「隕石の衝突で、極冠の氷が解けたの。それが洪水となって、マリネリスに向かっているわ」

 その説明に合点した。火星全体は、もう極寒の地ではない。大気が厚くなったことで、初めてNASAの探査機を降りた当時よりも、温室効果で平均気温が5度以上も上がっている。

 しかも、いまは真夏だ。悪いことに、極冠の氷は解けやすくなっている。


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