第56章 巨大隕石⑪

 恐れていたことが起きた。シートのあちこちで、赤い影が見えていた。炎の塊だ。このままでは燃えてしまいそうだ。いや、そうはならなかった。まだ酸素不足の火星の大気が幸いした。炎にシートを燃やすほどのエネルギーはなかった。それでもシートに焦げ目が無数に付いていた。


 そこに恐れていたことが起きた。バタン! バタン! という落下音が聞こえてきた。シートの上に隕石に粉砕された岩石の残党が飛んできたのだ。焦げて脆くなったシートに岩石を防ぐ力は残っていなかった。シートが破れ、中に石が落ちてきた。

 ワァー! という叫び声が一斉にあがり、避難壕に入れなかった住民たちが一斉に騒ぎ出した。竜巻に吸われないよう固定していたロープを外して、避難壕に入ろうとした。


「恵吾、何があったの? あなたは無事?」

 アリーナが初めて姓ではなく、名前を呼んできた。しかも呼び捨てで。


「シートが焦げてしまって、穴が開いた」

 隕石の影響なのか、画質が悪くなったモニターに声を飛ばした。


「あなたは無事なの?」

 ひどく心配したような声を続けてきた。


「俺は大丈夫だ」

 俺は、アリーナの物言いに、頭の中で眼を白黒させていた。


 名前を呼び捨てにされたのは、死んだ女房以来だ。まさか? 女房の悪霊が、いや良い霊が、彼女に憑依? そんなの、ありえない、絶対にありえない。俺は、頭の中で何度も打ち消していた。


「気をつけて、今度は熱波が襲ってくるわ」

 またひどく心配した声を飛ばしてきた。


「それはまずいな。火星の温度が上がったことで、ここにいる大半が着けている服は防寒耐熱仕様の宇宙服ではない」

 俺の身を心配するアリーナを安心させようと平静な口調を返したが、内心はすごく不安になっていた。


「宮島さん、熱波が来る!」

 モニターを見ていた野口が声を飛ばしてきた。


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