第56章 巨大隕石⑦

 大砂嵐は、アリーナが予測したとおりの動きをしていた。だが、避難シェルターの建造は間に合いそうにもない。いまの技術力をもってすれば、3時間もあれば完成できるはずだったが、なにせ作業人数が足りない。


 そこにクレーターへの避難者たちが到着した。避難者たちも全員総出てシェルター作りの作業を進めた。500本の杭を打ちクレーターにシートを被せた。シェルターには水と食料の貯蔵、そして簡易トイレも設置した。なにせ砂嵐の暴風が完全に収まるには、丸々2日間はかかる。それまでは、ここで耐え忍ばなければならない。


 ここでもアリーナの存在の大きさに感心した。人間の科学者たち全頭脳を結集しても、彼女の頭脳の足元にも及ばない。ただ気になることがある。アリーナの正体を知っているのは、マルコフたち関係者たちだけだ。彼女の正体を住民たちが知ったら、どう反応するか? 中には全てのAIを憎んでいる人たちもかなりいる。


「風が強くなってきましたね」

 作業の手を止めて、マルコフが声を上げてきた。


「ああそうだな。1時間以内には、本体の暴風がやってきそうだ」

 俺も腰を上げ、シートで覆われたクレーターに徐々に迫ってきた、砂嵐の黒雲の巨大な壁に眼をやった。


「作業を終了しました」

 マルコフの部下が報告してきた。


「いい? 絶対に死なないでよ。死んだら、絶対に許さないから」

 自分の作業を終えてやってきたアリーナが正面に立つと、ひどく心配そうな顔で、念を押すように声を飛ばしてきた。


「心配ない。君が考案したこの避難シートを、俺は信じている」

 俺は明るい顔をつくって応じた。


 すると、アリーナが抱きついてきた。俺は、その予想外の出来事に面食らった。


「約束よ。わたしを一人にしないで」

 抱きついたまま、哀切な声で訴えてきた。


「大丈夫さ。こう見えても、俺は人一倍悪運が強い。絶対に死んだりはしない」

 俺はアリーナの予想外の行動に動揺しながらも、気丈な声を返した。


 他にも言葉をかけようとしたが、動揺する心と妙に熱いものが胸にこみあがり、口には出せなかった。


「約束だ」

 胸に点火していた淡い炎を無理に消して、アリーナの両肩を掴みながら、どうにか声を吐いた。本音は口の代わりに、今度は自分から抱きしめたかった。


 アリーナは何かを訴えるかのように、俺の眼をじっと見ていた。


「さあ行ってくれ。俺たちよりも、君たちのほうが逆に心配だ。ここでもたもたしたら、格納庫に着く前に、砂嵐に呑み込まれてしまう」

 側で目を丸くして、俺たちの様子を見ていたマルコフの顔に、意識的に瞳を移し、声を飛ばした。


「アリーナ、気を付けていけ」

 俺は内に芽生えた心を封じ、あえてありきたりの声をかけた。


 それから、不安そうな顔のまま車上に消えていくアリーナを見送ると、また砂嵐の方角に眼をやった。まずいことに竜巻も発生しだしている。しかも悪いことに5個も現れた。いったい火星の大気はどうなっているのだ?


 強風を吹き始めた中、自分の身の心配よりも、アリーナが無事に避難できるよう、視界から消えるまで車を見送り続けた。

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