第56章 巨大隕石④

 マリネリス渓谷への避難が始まった。住民説明会では予想された通り激しい反発の声も上がったが、最終的にはマルコフたちの提案に全員が従った。


 40万人の大移動だ。しかも行先は平地ではなく、3776メートルの富士山の倍近い深さがある渓谷だ。全員が谷底に無事にたどり着けるか、心配だ。全機を使っても空輸で運べる人数は1日、最大でも1万人。1週間では4万人だけだ。残りは陸路から行くしかない。


 マリネリス渓谷への空陸路のピストン移動の様子を俺と恵美、アリーナの3人は並んで見ていた。空からの移動は子供たちと、その母親たちだけだ。成人の男たちは荷台も利用しての陸路での移動だ。


 俺はその光景を眼にしていて、シリア人たちの難民移動を思い浮かべた。移動途中で、命を落とした人たちも大勢いた。中には幼い子供たちもいた。ここで同じ悲劇を見るのはご免だ。アリーナが立てたプラン通りなら大丈夫だとは思うが、無事にたどり着くまで、安心はできない。


 火星は薄かった大気が厚くなったことで気象変動も大きくなっていて、凶暴化した砂嵐が発生する。まるで台風のようだ。最悪なことに、その砂嵐が起きそうな兆候が見られるのだ。過去には火星の全表面を分厚い砂嵐が覆ったこともある。この1週間内に大砂嵐が起きれば、全ての住民を避難させることが不可能になる。


「残り住民1500人。全員が避難するまで、天気が持ってくれればいいのだが」

 陣頭指揮をとっていたマルコフが呟くように声を上げ、心配そうに空を見上げた。


 俺も一緒に空を見上げた。遠くの空が不気味に見えた。


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