第53章 火星の癌③

 


 俺とアリーナは、マリネリス大渓谷の谷底が見渡せる崖に立っていた。長さ4千キロ、幅は200キロ、谷の深さはなんと富士山の2倍近い7キロもある。グランドキャニオンに行ったことが一度あるが、オリンポス山といい渓谷も山も地球とは次元が違いすぎる。この広さの規模なら何が起きても、揺るぎない存在のようにさえ思えた。


「どうだ? 隕石の直撃に持ちこたえられそうか?」

 同じように渓谷に眼をやるアリーナに訊ねた。


 マルコフたちが調べたデータだけでは解明できない、マリネリスの詳細な状況分析は、人間の能力をはるかに超えたアリーナの力が、ここでも必要だ。


「もし、隕石が直撃すれば、建設中の避難都市も、壊滅するかもしれないわ」

 アリーナが落ち着いた口調で答えてきた。


「そうか。やはり無事ではすまないか」

 俺は青ざめた顔で声を落とした。


「早急に、新しい地下シェルターが必要だわ。マグニチュード10の震度にも耐えられる施設が」

 今度は少し顔を曇らせて答えてきた。


 巨大彗星の衝突を避けるには、火星から遠く離れた地点でミサイルを撃つ必要がある。そこで彗星の軌道を少しでも変えられれば火星に近づく頃には、軌道が外れて衝突を回避することができる。だが安心はできないのだ。破壊された彗星の一部が落下する可能性があるのだ。想定外で済まされる問題ではない。


 アリーナが計算した結果、直撃を免れても隕石の欠片が落下する確立が、2%もあるということが判明した。数字は一見して小さいように見えるが、絶対に看過できるものではない。火星の人々の命に関わる確率だ。


 俺の頭に、隕石が落下したときの光景が浮かんできた。

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