第51章 暗雲③

 建造室では大勢の技術者が集まり、ガーピスが考案した設計図を元に作業が急ピッチで進んでいた。とにかく完成を急がなければ、彗星は待っていてはくれない。この計画に、火星の全ての命が懸かっている。完成の遅れは、絶対に許されない。


 建造の様子が見える別室では、アリーナも交えて科学者たちが、それぞれの意見を述べ合っていた。アリーナが自分の考えを説明すると、誰も反論などできなかった。当然だ。天才科学者でも、究極のAIに勝る案など出せやしない。結局は、アリーナの考えに従うのみだ。彼女の役目は、ガーピスの代わりでもあるのだ。ただ単に俺をここに連れてきただけの、普通のパイロットではない。


「あのひと、すごく綺麗な人ね」

 幸恵がアリーナに眼をやり、意味ありげな声を吐いてきた。


「ああ、頭脳明晰、だから選ばれてここにやってきた」

 俺は話をはぐらかして答えた。


 変に勘ぐられないようにするためだ。なにせ、地球から火星までの長旅を男女二人きりでいたわけだから、変に身の潔白を強調すれば、余計にややこしくなってしまうのは間違いない。言わぬがなんとやらだ。


「どうだ? ここの生活は?」

 俺は話を切り替えた。


「そうね。やっぱり地球とは比べものにならないわ。風景も単調な色だし。唯一、ここの良い点といえば、ロボットに襲われる心配のないことかしら」

 寂しさと悲しみが入り混じったような曇った顔をして、幸恵が答えてきた。



 顔が曇るのも当然だ。息子は本当に無事でいるのか? 心配する気持ちが頭からずっと離れない日々だ。その性格からして、見た目は明るくふるまっているが、内心は悲しみでいっぱいのはずだ。


 ここでは竜司の妹ということで、特別扱いを受けているようだが、そうはいっても地球のように、気晴らしに外の空気を満喫できるわけではない。もっとも、いま火星の空気を吸ったら死んでしまうだろうが。まだ、大気中の酸素量は人がマスクなしでいられるほどまだ十分ではない。

 俺は、窓の外に広がる火星の景色に眼をやった。そして、空を見上げた。

 ジュンの奴、今頃どうしているのか? 地球に思いをはせた。



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