第17章 助っ人現る⑧

 走ってまだ10秒も経っていないときだった。ゴー! という鼓膜を揺さぶる濁流音が小さく聞こえてきた。


「汚水が来るわ! もっと早く走って!」

 女が怒鳴るように声を張り上げてきた。


 嘘だろ! さっき5分と言っていたじゃないか。5分どころか、まだ10秒ぐらいしか経ってないぞ! 胸の中で不満の声を飛ばしたが、いまはそれをどうこう言っている場合じゃない。呑気に抗議する暇はない。とにかく死に物狂いで走るしかない。


 だが、金メダリストよりも速くなったとはいえ、水鉄砲には敵わない。洗浄液が流れる音からして、数十秒で汚水が襲ってきそうだ。


 濁流音が早く大きくなってきた。俺の胸の鼓動が破裂しそうなほど鳴った。いままで、あり得ないような幸運が続いて助かってきたが、ここからでは逃げようがない。


 いよいよお陀仏か? 俺は洗浄液を呑み込んで、死ぬのか?


 そんな嫌な死に方は絶対にしたくないと、懸命に両手両足を動かして走り続けた。だが無駄なあがきというものだ。ますます大きく聞こえてくる水音に耳を引っ張られ、本能的に振り返った。


 洗浄液が牙をむいて、目前に迫っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る