第1章 マネキン女②
きっと俺の考えすぎだと思いなおし、改めて眼をやると、たぶん少なくとも百年以上は世話になると思っていた照明の乏しい、あの薄暗く安置室のようにすごく陰気臭い感じがしていた保存室ではなく、やけに眩しい明るい室だった。
手術室? それとも解体場、それとも死体の解剖室? またも変な想像が浮かんだが、どうやら見た目からして、そうではないようだ。それでも押し寄せてくる不安は拭えず、魚の黒焦げが引っ付いたように脳みその隅にこびりついていた。だがとりあえずは、安心した。なにせ、生きているのだから。
人体冷凍保存の課題は、人体に含まれる水分が冷凍されることで膨張し、細胞膜を破壊してしまうことだ。技術的には死亡直後に体液を不凍液と入れ替えて、すぐさま零下196℃の液体窒素で腐敗などによる損壊を防ぐことだが完全ではない。そこでナノテクノロジー技術を進展させて細胞膜の補修をすることが必要となる。
人体は、心臓が停止し、血流が止まると虚血による損傷が始まり酸素と栄養を奪われ、細胞、組織、臓器の劣化が始まる。心肺停止後に、これらの致命的なダメージを受けないよう、すみやかな保存処置が必要となるのだ。また再生の際には虚血、再灌流障害が起きないよう蘇生措置が必要だ。だが俺が処置を受けたときは、まだ完全には蘇生技術は確率できていなかった。
そこで専門分野ではないが、AI開発者の息子に未来を託すしかないと腹を決め、日本では禁止されているロシアの人体冷凍保存会社に、藁にも縋る思いで大事な体を委ねた。だがどこか胡散臭い会社は、息子が引き取る前にあっさりと倒産をしていて俺の体は処分されているかも、との強い不安を抱きながら長い眠りについたが、幸い願いの方が現実になったようだ。
俺の多少の恥ずべき行為よりも、日頃の行いが良かったということか? いや、やはり後ろ指を指されそうな結構問題のある生活もしていたので、そうではないな。
ところで目覚めた場所が違うということは、息子が引き取ってくれて、それでこの施設で再生できたということだろうか? と思考を巡らせているときだった。
「あなたの望みが、実現したのですよ」
女は質問には答えず、手にした鏡を見せた。
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