龍中駅

口羽龍

龍中駅

 俊太は長い夏休みを利用して、実家に帰省していた。実家は龍中(たつなか)という峠の途中にある小さな集落だ。過疎化や高齢化が進んでいる限界集落だ。


 最寄りの駅は龍中駅。この集落から数キロ離れた所にあり、1日数本のバスで連絡していた。昔はもっと走っていたが、過疎化や高齢化が進み、バスの本数もそれと共に減っていった。


 龍中駅は大手私鉄の駅だ。龍中駅のある路線はその大手私鉄の中でも一番のドル箱路線で、特急が何本も走っていた。この先にある龍中峠はその路線の最大の難所で、7㎞以上の長いトンネルで一気に貫いていた。そのトンネルは峠を一直線に貫いていて、ここを通る電車は最高速度で駆け抜けていく。


 龍中駅はそんなドル箱路線の駅の中でも利用客が最も少なく、発着する電車の本数も最も少なかった。朝は40分間隔、日中は1時間に1本だった。その駅は路線で唯一の無人駅だった。2面4線の構内で、内側の2線は通過線だった。ここに停まる普通電車はいつもここで優等列車の通過を待つ。


「俊太ー! かくれんぼしようぜー!」


 ふもとの集落の子供が家にやってきた。今日、俊太はかくれんぼをする予定だった。


「うん、いいよー!」


 俊太は玄関を開け、出てきた。半袖半ズボンに、麦わら帽子をかぶっていた。


 少年たちは山奥にやってきた。そこは人があまり行かない獣道だった。所々に道路標識があった。しかし、道路標識は錆び付いてたり、谷底に落ちているものもあった。もう何年も管理されていないようだ。


「最初はグー、じゃんけんポン!」

「あいこでしょ!」

「勝負でしょ!」


 俊太は隠れる側になった。俊太は森の中に走った。絶対に最後まで隠れてやる!


「もーいーかい?」

「まーだだよ!」


 俊太はまだ隠れていなかった。俊太は叫ぶと、更に森の奥に向かった。その先の獣道は草木が生い茂っていて、何年も人が通ってないようだった。途中、「龍中駅」と書かれた立て看板があった。しかし、俊太はそれが目に入らなかった。ただ、早く隠れることしか頭になかった。


 俊太はかくれんぼをするうちに、変なところに来た。山の中にある少し開けたところだった。俊太は恐る恐る歩いていた。マムシが出そうで怖かった。


 突然、土とは違う感触がした。俊太は足元を見た。すると、木が散乱していた。


 よく見てみると、『駅中龍』と書かれた木もあった。何だろう。龍中駅を右から読んだらそう読めるけど。俊太は首をかしげていた。


 更に進むと、コンクリートの段差があった。その足元には、小石が敷かれていた。土ではなくて、ここだけどうして石が敷かれているんだろう。俊太は疑問に思った。


 俊太はコンクリートの段差の上に乗った。段差の上には、ベンチがあった。そのベンチは錆び切っていた。もう何年も手入れされていないと思われる。


 そして、その横には、駅名標があった。よく見ると、『たつなか』と書いてあった。駅名標はボロボロで、今にも崩れそうだった。


 俊太は驚いた。龍中駅がこんな所にもあったとは。だとすると、今立っているコンクリートは、ホームだろうか?ホームの両端はトンネルで、入れないように柵が張られていた。


「ここ、龍中駅なの?」


 すると、電車がやってきた。レールがないのに、草むらの向こうからやってきた。その電車は古めかしい見た目で、吊り掛け駆動特有のうなり音を上げていた。


 電車は車体を横に揺らしながら、俊太の前で停まった。電車の扉が開いた。


 俊太は興味半分に車内に入った。車内は木目調で、人はそこそこ乗っていた。しかし、乗客はみんな暗い表情で、顔色が悪かった。


 俊太は一番前に来た。運転席の先にはレールが敷かれていた。茂みは全くなかった。その先のトンネルには柵が張られていなかった。


「扉が閉まります。ご注意ください」


 扉が閉まった。電車は吊り掛け駆動のうなりを上げてゆっくりと動き出した。その先にはトンネルがある。しかしあったはずの柵はなかった。


 電車がトンネルに差し掛かったその時、ガクッと大きな振動がした。乗客は驚いた。


「誠に申し訳ございません。ブレーキが故障しました。お客様、お手数ですが、後ろの電車にお移りください」


 えっ、ブレーキが故障した? 何だ、俺たち死ぬのか? そんなのやだ! 死にたくない! まだ生きたい! 俊太は慌てていた。


 電車は次の駅に近づいた。しかし、ブレーキが故障した電車は減速することができなかった。乗客はみんな震えていた。もうすぐ死ぬと思っていた。


 電車は駅を猛スピードで通過し、その先の安全側線に入った。電車は安全側線でも停まることができなかった。電車は大きな音を立てて、脱線した。


 そこに、向こうからその駅を通過する予定の特急電車がやってきた。特急電車は脱線した電車に気づき、急ブレーキをかけた。しかし、間に合わずに、特急電車は衝突した。俊太は怖くて、うずくまった。


 俊太は顔を上げた。するとそこは、電車の外だった。俊太は電車の外に放り出されていた。


「おい、俊太、起きろ!」


 俊太は目を覚ました。どうやら草むらの中で眠っていたようだ。目の前にはかくれんぼの仲間が全員いた。どうやら最後まで逃げ切ったようだ。


「あれ? ここ、どこ?」

「知らないよ」


 かくれんぼの仲間はここのことを全く知らなかった。




 その夜、晩ごはんで俊太は実家で今日のことを話していた。その席には祖父と祖母と両親がいた。


「なんであんなとこで寝てたの?」


 父は笑みを浮かべていた。父はそのことを鬼だった子から聞いた。


「かくれんぼしてるうちに、ここに迷い込んで、そうしたら、電車がやってきて、それに乗ったんだ。そしたら、ブレーキが壊れて大事故があって、そこで目が覚めたんだ」


 俊太は状況を詳しく話した。俊太は少し冷や汗をかいていた。あの大事故のことを思い出していたからだ。


「あー、知ってるよ。昔、ここは駅のホームだったんだよ」


 祖父はその駅を子供の頃から利用していた。父も小学校3年までその駅を利用していた。


「おじいちゃん、本当なんだ」


 俊太は驚いた。本当に駅だったんだ。じゃあ、その前後にあったトンネルは廃線跡だったんだ。


「あれは、昔の龍中駅だったんだよ。開業時はここにあったんだ。今もそうだけど、龍中駅までの道のりは険しいのぉ。電車の本数を増やすために新しいルートが検討されていた時に、大きな衝突事故があって、複線化が早まったんだよ」


 祖父は龍中駅の歴史を詳しく語った。話している祖父の体は震えていた。事故現場で救助作業をしていて、多くのけが人を救助し、多くの死体を見たからだ。


「それじゃあ、今の龍中駅は?」

「あれは、複線化したときに移転した龍中駅なんだよ」


 俊太はそのことを全く知らなかった。昔から龍中駅はここにあったと思っていた。


「ほれ、その時の記事がこれじゃ」


 祖父はその時の記事を見せた。父もその事故のことを知っていた。子供のころにその事故をニュース速報で見ていた。


「えっ!?」


 俊太はその事故の写真を見て驚いた。なんと、電車の外に放り出されて倒れている自分がいた。俊太は背筋が凍りついた。

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龍中駅 口羽龍 @ryo_kuchiba

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