第17話 奏佑の過去
奏佑の過去をもっと知らなくては。僕はそんな使命感のようなものを勝手に感じていた。奏佑と花崎響輝との関係について、誰か知っている人はいないのだろうか。だが、友達のいない僕に、そんなことを聞ける人はいなかった。
いや、待てよ? 奏佑が以前通っていた高校は芸大付属高校だ。あの花崎響輝が通っていたのも同じ高校だ。芸大付属高校といえば、音楽を志す高校生に対する充実したカリキュラムが組まれていることで知られる高校だ。僕のピアノの先生である福崎先生は、確かこの高校の出身で、大学もその芸術大学を出ていたはずだ。もしかしたら、何かを聞き出せるかもしれない。僕は次のレッスン日、ピアノの福崎先生に聞いてみることにした。
「誰か、お知り合いの関係者の方、いらっしゃいませんか? 僕、どうしてもその人と話がしたいんです」
「いきなり、どうしたの? そこに転入でもしたくなった? でも、親御さんは音楽科に行くことを反対されているんでしょ?」
「違うんです。ただ、どうしても聞きたいことがあって。お願いします」
「そうねぇ・・・。あぁ、そう言えば、わたしの芸大時代の友達があそこの先生をしていたんじゃないかしら」
僕は飛び上がって喜んだ。
「ぜひ、その先生と話をさせてください」
僕は頼み込んで、その先生と電話させてもらうことにした。福崎先生がまず電話をかけ、僕を紹介してくれた。僕は電話を変わると、
「お忙しい所、すみません。僕は霧島律と申します。ちょっと津々見奏佑について聞きたいことがありまして、お電話しました」
とあいさつした。すると、先方の先生は、
「津々見奏佑? あぁ、わたしが担任していたクラスの子だったよ。その津々見がどうかしたのかい?」
と言った。何という偶然だ。こんな渡りに船な出来事なんてあるのだろうか。
「奏佑、いや、津々見くんは僕のクラスメートなんです。僕と津々見くんはピアノを通じて仲良くなって、大切な人になったんです。でも、最近、津々見くんの様子がおかしくて・・・。調べたら、花崎響輝さんと津々見くん仲が良かったと知って。その花崎さん、この間亡くなったと聞いたので、何か、関係があるのかと・・・」
「津々見のクラスメート? いやぁ、でも、生徒の情報について第三者に教える訳にはいかないからね。悪いけど、わたしから教えてあげられる情報は何もないかな」
今は情報管理とかいろいろうるさいご時世だからな・・・。でも、ここで諦めるわけにはいかない。僕は飽くまで食い下がった。
「お願します! 津々見くん、今、一人でとっても苦しんでいるみたいなんです。ピアノの演奏も変わってしまって。このままじゃ、津々見くんのあの素晴らしい演奏が聴けなくなってしまいます。お願いします。僕、津々見くんの力になりたいんです。津々見くんは、僕にとって、本当に大切な人だから。だから、教えてくれないんだったら、僕、そちらへ直接伺いますから」
「困ったねぇ。じゃあ、ここだけの話だよ」
先生は本当に困ったようにため息をついた。僕の熱量に完敗したのか、先生は次のようなことを話してくれた。
奏佑は元々僕らの住むこの街の出身で、ピアノを本格的に勉強するため、母親に連れられて東京に移り住み、ずっと東京の音大の教授の元でレッスンを受けて来た。だから、今までコンクールで僕らが出会うこともなかったし、知り合う機会も今までなかったのだ。奏佑は中学生の頃には周囲の同年代の子どもたちは足元にも及ばないほどの実力をつけていた。入試もトップの成績で芸大付属高校に合格した。
また、花崎響輝は奏佑と確かに恋人関係にあった。彼との関係は、すでに奏佑が中学生の時代から始まっていた。二人はコンクールの会場で知り合ったのだという。だが、それはずっと秘密であった。
だがある時、花崎響輝が下級生の男子生徒と付き合っているという情報が週刊誌にリークされた。新進気鋭の若手ピアニストとして売り出し中の花崎響輝がゲイであり、しかも年下の男子生徒と逢瀬を重ねているなど、そんなスキャンダルは新進気鋭の駆け出しのピアニストであった花崎響輝にとっては致命的であった。
いや、音楽の世界なのだから、彼のセクシュアリティなどは大した問題にはならないはずだった。だが、花崎響輝はその若く美しい容姿から、ほとんど芸能人のような売り出し方をされていたのだ。「イケメンピアニスト」としてテレビに出たり、コンサートにはそれまでクラシック音楽に興味のなかった若い女性が押しかけ、ちょっとしたブームを引き起こしていたのだ。そんな花崎響輝がゲイであると判明したことにより、彼の人気ぶりに陰が差すことは必至であった。
そんな時、花崎響輝が交通事故でこの世を去った。警察には事故死として処理されたのだが、もしかしたら自ら命を絶ったのかもしれない、というのが高校の教員の中では囁かれているそうだ。
奏佑は花崎響輝の死の直後、もう東京にはいたくないと言い出した。周囲の者は奏佑を必死で引き止めた。奏佑ほどの実力者であれば、芸大付属高校の生徒の中でもこれからの在学中に様々なコンクールやコンサートの場で大活躍するであろうことは目に見えていたからだ。それを、音楽に集中できる環境を棄て、普通高校に転入したい、など常識では考えられない話だった。しかし、奏佑の意思をひっくり返すことは誰にもできなかった。結局奏佑は、母親と共に、父親の住むこの街へ戻って来た。
とまぁ、こんな経緯らしい。
僕は言葉を失った。花崎響輝は事故ではなく自殺の可能性があると・・・。それも恋人である奏佑との情報が世間に出回ったことで。奏佑が受けたであろう衝撃を僕は百の内のたった一だって理解できるとは思えなかった。僕は何とか奏佑の前の担任の先生に礼を述べると、電話を切った。
「あなた、津々見奏佑くんと同級生だったの⁉ そういうことは、ちゃんと教えてちょうだいよ」
隣で僕が話すのを聞いていた福崎先生は僕にそう言った。
「すみません」
そう謝りながら、福崎先生に受話器を返して振り返ると、そこには彩佳がいた。次の彩佳のレッスン時間がもうすぐ始まるのだ。僕は、レッスン時間をギリギリまで使い、電話をしていたことになる。彩佳は僕のことをじっと見つめていた。僕の話をどこから彼女は聞いていたのだろうか。僕の奏佑に対する想いを気付かれたのだろうか。僕を真っ直ぐ見つめる彩佳の視線に、僕は一握りの気まずさを感じた。
「でも、あなたも変わったわね。今までは友達なんて関係ない、ピアノだけ弾ければいいって言っていたのに」
受話器を戻しながら、福崎先生はそう言って笑った。
「奏佑のおかげなんです。全部、奏佑が僕を変えてくれたんです」
「いいお友達を持ったのね」
と言って福崎先生は微笑んだ。
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