第16話 隠された真実

 僕は奏佑そうすけとのその出来事をはやに相談した。


「へぇ。なんかえらい荒れてるんだな。それで、お前は奏佑とそれ以上のことは何も話してないってことか」


 僕は頷いた。


「だって、訊ける雰囲気じゃなかったんだもん。奏佑、いつも穏やかなのに、あんなに怒ってるところ、初めて見た」


りつが最近、奏佑と仲良くしてやらないからねてるんじゃね?」


 隼人はそんな冗談を言って笑った。だが、お前のせいなのかもしれないと言われると、僕は自分の責任を感じずにはいられなかった。奏佑に片想いした挙げ句、想いを伝えられない苛立ちを一方的にぶつけて友達関係が崩壊したのだから。そのせいで、奏佑が演奏を乱しているのだとしたら、僕は自分を責めても責め切れない。僕は居ても立っても居られず、奏佑に話を訊いてみることにした。


 放課後、僕は勇気を出して奏佑を呼び出した。自分からこうして誘いを掛けたのはこれが初めての経験だった。あんなに怒り狂っていた奏佑はけんもほろろに僕を拒絶するかと思ってびくびくしていたのだが、意外にもすんなりと僕について来てくれた。


 学校裏手の河川敷に二人で並んで立つ。僕と奏佑の間をさっと風が通り過ぎていった。僕はここに来て、どう奏佑に切り出せばいいのかわからず、立ち往生してしまった。二人とも黙ったまま時間だけが過ぎて行く。何とも気まずい時間だ。このままじゃらちが明かない。ちゃんと奏佑と向き合って話をすると決めたんだ。ここで逃げたらだめだ。僕は勇気を振り絞って口を開いた。


「奏佑、僕のせいで奏佑のこと怒らせていたのならごめん。僕、あれ以来、奏佑に向き合うことから逃げてた」


 そう謝る僕に対し、奏佑はつっけんどんに、


「別にお前のせいじゃないから」


と答えると、僕を置いて立ち去ろうとした。だめだ。このまま行かせたら、何も変わらない。


「僕は奏佑のこと、今でも大切だと思ってるから!」


 僕は奏佑の背中に向かって叫んだ。それは僕の素直な心からの奏佑に対する想いだった。奏佑の足が止まった。


「僕は、奏佑の演奏で変わったんだ。奏佑のコンクールでの演奏を聴いて、自分の世界観が変わったんだ。もっともっと音楽を好きになりたい。そう思わせてくれたのは奏佑なんだ。奏佑のこと何も知らないのは……ごめん。本当に僕は、奏佑のことを何も知らない。だけど、奏佑の演奏の素晴らしさは知ってる。奏佑、前、僕に音楽は音を楽しむものだって教えてくれたよね。奏佑の演奏は、いつも音楽をずっと愛してるっていうのが伝わって来るんだ。音楽が大好きだって。だけど、この前の演奏には、何も音楽への愛が伝わって来なかった。いつもの奏佑とは違うって、そういうことだったんだよ」


 僕は必死で奏佑に訴えた。だが、彼は僕が訴えれば訴えるほど、奏佑の表情に苦痛と苦悩が増していった。


「この前はすまん。だけど、俺は今、お前とは話したくないんだ。悪い」


 奏佑はそう言い残すと、足早に立ち去ってしまった。




 僕から奏佑の様子について報告を受けた隼人は、


「それ、さすがにちょっと変だな」


と言って考え込んだ。


「でしょ? いつもの奏佑じゃないって感じで」


「何か思い当たる節はないのか?」


 そう隼人に聞かれた僕は、ふと学校の前の道路でトラックにひかれそうになり、奏佑に助けられた時のことを思い出した。あの時、確か「人はいつ死ぬかわからない」などと、意味深なことを言っていたんだった。それに、リストの『愛の夢』を弾きながら泣いていたこともあったっけ。美月の告白についても、「誰とも付き合う気がない」なんてことを言っていたのも気になる。しかも、高校に入学して来た時期が一学期の途中っ……。確か、奏佑の通っていた高校は、とある有名な芸術大学の付属高校だったはず。音楽を志す生徒が集まる、そんな場所。そこを辞めてまで、僕らの高校に転入して来る訳って一体……。


 僕はその思いついたことを隼人に明かしてみた。


「それ、匂うな。恐らく、過去にあいつ、何かあるはずだ」


 隼人もそう言って僕に同意した。




 それからくしばら経ったある日、隼人が僕の元に駆け寄って来た。


「おい、わかったぞ。あいつの秘密」


「何がわかったの?」 


 僕が尋ねると、隼人は僕に話し始めた。


「奏佑のやつ、中学の頃から、あいつが通っていた芸大の付属高校の先輩と付き合っていたらしいぜ。それも男!」


 僕は驚きのあまり、飲みかけのお茶を吹き出しそうになった。


「え? それ、どういうこと?」


「その先輩、奏佑が転入して来る前に交通事故で死んじゃったらしいんだよ」


 僕は心底驚いた。


「それ、本当なの? それに、どこからそんな情報を?」


 僕がそう尋ねると、隼人は少し意味深な笑みを浮かべて、


「俺の人脈を侮ってもらっちゃ困るな」


と言った。こいつ、普段から友達多いなとは思っていたけど、想像以上に顔が広いんだな。奏佑の関係者にまで顔がきくなんて、こんなに頼りになる友達はいない。


「それから、何か他に聞いてる?」


 僕は更なる情報を早く訊きたくて、前のめりになる。隼人は、


「その先輩の名前なら教えてもらった。花崎はなさきひびというらしい。そいつ、結構有名なピアニストだったらしいな」


と答えた。


 花崎響輝……。知ってる。僕も知っているよ。彼は、クラシック音楽界で天才高校生ピアニストとして海外のオーケストラと共演するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していた若手ピアニストだった。その花崎響輝が事故死したというニュースはかなりショッキングなものとして、全国ニュースでも流れていたのだった。


「でも、それって、お前にもチャンスがあるってことじゃね? だって、奏佑は男が好きなんだろ?」


 隼人はそんなノー天気なことを言っている。だが、もう僕の耳に隼人の話は入って来なかった。花崎響輝が事故死したニュースが流れたのは、奏佑がこの街に引っ越して来るよりも少し前の話だ。その恋人の死と奏佑の時折見せる陰の部分。そこに何も関係がないとは到底思えなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る