第三章 奏佑の過去、僕の想い

第12話 壮絶な嫉妬心

 奏佑への恋心をはっきり自覚した僕だったが、奏佑との関係の何かが変わるようなことは何もなかった。奏佑に告白をした所で、何が変わるというのだろう。男の僕に告白された奏佑はどう反応するだろう? せっかく、奏佑とは友達になれたのだ。ここで、わざわざ奏佑との友情を壊すことはしたくない。


 僕は、奏佑への恋心に蓋をし、いつものように「友達」として振舞った。だが、僕はずっと奏佑への恋を隠し通さなければならない切なさに押しつぶされそうになった。きっと、奏佑はいずれ、彼女を作って、結婚する。そうなった時、僕は奏佑を応援することなど、できるのだろうか? 


 そんなある日、僕が登校し、下駄箱で靴を履き替えていると、クラス一可愛いと評判の女子である椎名美月しいなみつきが僕を呼び止めた。こんなクラスの人気者の美月が、僕のようなぼっちの男子生徒に何の用事があるのだろう。


「霧島くん、津々見くんと仲がいいでしょ?」


「あ、うん。そうだけど、それがどうかしたの?」


「あのさ、津々見くんにこれ、渡して欲しいんだけど・・・。」


美月は恥ずかしそうに、僕に綺麗なピンクの封筒に入った手紙を手渡した。


「よろしくね!」


美月はそれだけ言うと、僕の返事も聞かずに走り去った。僕は、何か胸騒ぎのようなものを覚え、思わず、美月にもらった手紙を読んでしまった。

________________________

 

 津々見くんへ


 津々見くんのことが好きです。付き合ってください。


                 椎名美月

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 その文面を見た僕は震え出した。奏佑のことが好き? 付き合ってくれ?


 僕の心に猛烈な嫉妬心が生まれた。なぜ、美月は僕にこんな手紙を渡せと言って来たんだ。僕だって奏佑のことが好きだ。美月なんかよりずっと奏佑と一緒にいて、奏佑への想いだってずっと美月より大きいはずだ。それなのに、なぜ、僕が美月からのラブレターを奏佑に渡さないといけないのだろうか。


 僕はいけないことだとは思いつつ、そのラブレターをハサミで切り刻むと、ゴミ箱に捨てた。その後、美月は何度も奏佑の方を気にしながら視線を送っているのがわかった。僕は内心、ざまぁ見ろ、と思った。お前のラブレターなんか、切り刻まれてゴミ箱の中だ。奏佑に告白なんて、絶対に僕が許さない。


 だが、その日の昼休み、いつものように奏佑と一緒にピアノを弾いた後、音楽室から戻って来ると、僕は女子たちに呼び出された。女子生徒に呼び出されたことなど、一度もなかった僕に、奏佑は、


「ヒューヒュー! モテ男だね、律は」


とからかった。僕の気も知らないで・・・。


 僕が呼び出された先は校庭裏だった。一体、こんな誰も来ない場所で、なんの用事があるというのだろう。すると、その校庭裏にはクラスの女子生徒たちが集まっており、その中に泣きじゃくる美月の姿があった。美月は僕の姿を認めるなり、僕の頬を平手で強く叩いた。


「これ、どういうつもりなの!」


美月が、僕が捨てたはずの切り刻まれたラブレターを僕の前に突き出した。


「あんた、最低だね」


「ずっと教室の陰で一人でうじうじしてるあんたのことキモいと思ってたけど、性格まで最悪なんだね」


「ピアノやってること鼻にかけて、嫌なやつだと思っていたんだ」


周囲の女子生徒たちが口々に僕を罵る。


「なんで、こんなことしたの?」


美月が涙を流しながら僕を問い詰めた。


「あんた、美月のことが好きだったの? だったら正々堂々と告白しろよ。こんな卑怯な真似して、そんなことで美月に好かれるとでも思ったの?」


美月の友人らが僕を責め立てた。それを聞いて、思わず僕は笑い出した。


「僕が、椎名を好きだって? 笑わせんなよ」


そんな僕に、女子生徒たちは凍り付いた表情をした。僕はひとしきり笑うと、そばにあったゴミ捨てステーションの壁を思いっきり拳で叩きつけた。ドーン、と轟音が鳴り響き、女子生徒たちが一歩後ずさった。


「んなわけあるかよ。僕の気も知らないで、いけしゃあしゃあとこんな手紙を渡せだのよくも言って来やがったな。そんなことするかよ。誰が、お前の恋愛の応援なんかするかよ。人をパシリ扱いすんじゃねえよ!」


僕はそう怒鳴り散らすと、その場を立ち去った。


 僕が、椎名美月のラブレターを破り捨てた事件は瞬く間にクラス中の生徒の知るところとなった。僕が、椎名美月への片想いを裏切られた腹いせに彼女のラブレターを破り捨てたとクラスメートたちは口々に噂した。だが、僕にとってはそんなことはどうでもよかった。どんなにクラスメートたちから嫌われようが、今までだって、クラスメートとはほとんど会話も交わしたことがなかったのだ。勝手に僕を嫌っておけばいい。


 僕は、クラスメートたちの冷たい視線を気にも留めなかった。だが、クラス一可愛い椎名美月を傷つけた僕を、男子たちが許すはずもなかった。

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