第13話 理解されない想い
僕は放課後、クラスの男子たちに囲まれた。
「お前、よくも
椎名美月が好きだと吹聴していた
「だったら、お前が椎名に告白でもして慰めてやれよ。僕は関係ない」
そう僕が言い返すと、隼人が僕の顔を殴りつけた。
「お前、最低だな。どこまで人間のクズなんだよ」
「人間のクズは椎名の方だろ。僕の気も知らないで奏佑にラブレター渡せ、とか狂ってるだろ」
僕は隼人をまっすぐに睨みつけた。
「なんだと、この野郎!」
僕に男子たちが殴りかかって来た。非力な僕が大勢の男子生徒を相手に喧嘩で
「おい、
と
「はは、おっかしいだろ? クラス全員が今や僕の敵だ。別にいいけど。あいつらが僕を嫌おうと。」
僕はそう言ってよろよろ立ち上がった。
「おい、無理して立つな。」
そう言うと、奏佑は僕を抱き上げ、保健室に連れて行った。奏佑に抱き上げられた僕は、身体の痛みなどすっかり忘れていた。ずっとこうして奏佑に抱いていてもらいたい。保健室なんかじゃなくて、どこか遠い場所にこのまま連れて行ってほしい。そう思った。
僕はあちこちを殴られ、
だが、僕の両親に宮沢が連絡を入れ、二人は病院に駆けつけて来た。こんな身体中を怪我するような大喧嘩をした僕に両親は驚いた。僕は生まれてからこの方、こんなに激しい喧嘩などしたことがなかったからだ。なかったというより、ずっと人を避けて生きて来た僕には、そんな喧嘩をする相手すらいなかったのだ。両親は、そんな無茶な喧嘩をした僕を叱った。
翌日、僕と、僕を殴った隼人たち男子生徒数人とその親が呼び出され、この事件の発端となった椎名
「別に、僕は椎名さんに謝るつもりも、笹倉くんに謝ってほしい気持ちもありません」
僕は
「別に、笹倉が僕のことを憎むなら憎めばいい。僕には椎名なんて関係ない。これ以上関わることもしない。もう、放っておいてくれ」
僕はそう言うと、職員室を出た。
そのまま、僕はクラスに戻る気持ちも起きず、音楽室に向かって歩いて行った。すると、音楽室からピアノの音が聞こえて来る。リストの『愛の夢』だ。この音、この響き、これは奏佑だ。ピンと来た僕は嬉しくなり、音楽室に飛び込んだ。だが、その瞬間、僕は固まった。リストを弾きながら、奏佑は涙を流していた。泣きながら、ピアノを弾いていた。一体、なぜ……?
僕が音楽室の入り口に立ち尽くしていると、僕に気付いた奏佑はそっと涙を拭った。
「奏佑……」
心配する僕に、奏佑は寂し気に笑いかけた。
「ごめん。別に何でもないから。気にするな」
と奏佑は言った。
「何でもなくないよ。何で泣いてるの? 何か嫌なことでもあったの?」
問い詰める僕の質問には答えず、奏佑は僕に、
「椎名とのことなにがあったのかはわからないけど、もう大丈夫なのか?」
と逆に尋ねた。正直、僕は美月の件に関して奏佑に深く関わって欲しくなかった。
「その話はもういいよ……」
僕はそう言って奏佑から目を
「よくなんかないだろ! そんな全身に怪我までして、いいわけないだろ!」
と怒鳴った。僕は目を見開いた。もしかして、美月のことじゃなくて、僕が怪我をしたことを真っ先に心配してくれているの? 奏佑だけだ。ここまで僕のことを心配してくれるのは。奏佑だけが僕のことをわかってくれるんだ。僕はそう思った。だから、椎名美月などに奏佑を奪われる訳にはいかない。僕は思い切って奏佑に訊くことにした。
「奏佑、もし、椎名が奏佑に告白したらどうする?」
そんな僕を奏佑は笑った。
「断るよ」
その一言に僕はやっと胸を撫で下ろすことができた。
「よかった……」
「よかったって何がだよ。俺は別に、誰とも付き合う気なんてないから」
え? 「誰とも」ってどういうこと? なぜ、そんなことを言うの?
「だから、お前も安心しろ。椎名をお前から奪ったりしないから。」
僕はその一言に一転、目の前が真っ暗になった。そうか。やっぱり奏佑は僕のことなんて、ただの友達としか思っていないんだ……。僕が好きなのは美月なんかじゃないのに。
「でも、ちゃんと椎名には謝れよ。お前がしたこと、どんなに椎名に片想いしていようが、許されることじゃないぞ」
それ以上の言葉はもう訊きたくない。僕は思わず奏佑に詰め寄った。僕の手がピアノの鍵盤に当たり、不協和音をジャーンと大きな音で鳴らした。
「何で……何でそんなこと言うの? 椎名なんか、椎名なんか関係ないのに……」
でも、それ以上のことは言えなかった。奏佑に、「好き」と伝えることすら、僕には許されていないのだ。だけど、美月に謝れだなんてあんまりだ。あんな、ひどいことを僕にやらせようとした美月に謝れだなんて……。
「どうしたんだよ、いきなり」
奏佑はいきなり僕に詰め寄られ、驚いた表情をしていたが、僕の肩に優しく手を置いた。
「律にも好きな子ができたんだろ? 俺、よかったと思ってるんだ。ずっとピアノのことしか考えていなかった律だって、ちゃんと恋できるんだなと思ってさ。でも、自分の思い通りにならないからって、あんなことしていい訳じゃない。だから、ちゃんと謝るんだ。俺と約束してくれるね?」
僕は思わず叫んだ。
「嫌だ! 絶対そんな約束したくない。奏佑は全然僕の気持ちなんか理解してくれない。なんで……なんで……。奏佑だけは僕のこと理解してくれると思ってたのに……。なんで、奏佑はそんなにひどいこと僕に言えるの?」
僕は泣いていた。
「……おい、律。どうしたんだよ、一体」
奏佑が僕に伸ばした手を僕は払いのけた。
「もう知らない!」
僕は泣きながら音楽室を飛び出した。なんで、僕はこんなに切ない想いをしなければならないんだ。なんで、好きな奏佑に好きだという一言すら言えないんだ。なんで、奏佑に、美月に謝れなんて言われないといけないんだ。切なくて悲しくて悔しくて、僕は涙を止めることができなかった。
その日、ずっと僕は机に突っ伏したまま泣き続けた。そんな僕を気味悪がったのか、クラスメートの誰も僕に話しかけて来ることはなかった。担任の宮沢は、僕がすっかり反省して泣いているものだと思ったらしい。それ以上のことは何も僕に訊いて来なかった。
この日以来、僕と奏佑の関係はギクシャクしたものに変わってしまったのだった。
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