それはこの世界のどこかで
賽ノ河原
天使のわっかがついた少女
少し前まで東京、新宿には死体がよく転がっていました。
サラリーマンだったり、はたまた女子高生だったり、老人だったり、年齢や職業には拘りはなく、みんな血を流して歩道とか駅前とかにです。
死体と言っても完全に生命が途絶えている訳ではありません。
まだ少しは息はあるのです。
ですが、うめき声をあげるくらいで、ほとんど動かないし、ほとんど死んでるに変わりありません。
だから人々は彼らを「死体」と呼んでいました。
そんな存在を横目に、ただ道を急ぐだけの人達は全く気にもかけずに、それぞれの目的地に向かって行きます。
彼らはそれらを見て見ぬフリをして、あたかも視界に入っていないようにしていました。
ですが、彼らは死体を綺麗に避けて踏まないようにして歩いているように見えました。
そんな死体ですが、同じ死体がずっと放置されている訳ではありません。
3日か4日かしたら、そこにあった死体は無くなっています。
そしてやってきた新しい人が死んでその辺に横たわります。
このようにして死体は補充されるような形で、いなくなっては新しく生まれて、またいなくなっては新しいのが出てきます。
新しく死人が出るのは当然のことですが、
何故死体は無くなるのでしょうか?
土に還るなんてことはないでしょう、無論地面はアスファルトですから。
コンクリートに埋まっては化石になってしまいますので、そんなことはあり得ません。
ではやはりどうして消えるのでしょうか?
どうやら消える前にあることが行われているらしいのです。
死体が消える前にはどこからともなく、少し黄色がかった純白のワンピースを着た少女が現れるらしいのです。
年は二桁あるか、ないかぐらいでしょうか。
どこか目が虚で、その焦点は空を泳いでいます。
鼻の横にある黒子が印象的で、どごおかしい要素は無いのに、どこか現実感が損なわれています。
天使のように見える少女にはわっかが頭についていますが、羽がないので、残念ながら天使ではないようです。
その少女は死体に近づくとしゃがみこみ、カラッとした笑いを見せながら、何かを喋りかけます。
それは世間話だったり、昔の童話だったりとジャンルは様々。
美容室での当たり障りの少ない会話に等しい物でした。
その一方的な会話を終えると、少女は死体に向かって手を合わせます。それを見て死体は安心したようにその苦悶に満ちた顔を安らげ、瞬きをする間に、跡形も残らず消えています。
死体が消えると、少女は鼻歌を歌いながら人混みに紛れてどこかへいなくなってしまうのです。
この現象は時間が最も早く消費される朝の片隅で行われていました。
しかしある日を境にこの儀式は途絶えました。
理由は少女がいなくなってしまったからです。
その同日、駅で人身事故があったそうです。
少女が一人、緑色の電車に踏まれました。
目撃者によると少女は急に線路にひょいと降り、その上で何かを見つめてしゃがみ込んでいたと。
動揺した周りが行動に移す前に、電車は既にその感情を通り過ぎました。
電車は急停止して、一時ホームは騒然となりましたが、それはしばらくして収まりました。
それもそのはず、
電車は何も轢いていなかったのです。
係員さんや車掌さんやらが状況把握のために覗き込むと、本来赤くて黒い臓物ややわらかい皮膚が弾け飛んでいるはずのそこには何もなく、そこにあったのは、ひびが入った白いわなげのわっかのようなものが落ちていただけでした。
この出来事があって数分後、死体に変化が生まれました。
さっきまで血を流し倒れていたサラリーマンは立ち上がり、何事もなかったかのようにタオルで汗を拭うように血を拭い、カバンを右手に持ち、勤務先へと歩き出しました。
路上に横たわっていた母子も、子供が薄くなり水になってアスファルトに流れ落ちると、残された母親は空席のベビーカーを押して駅へ向かって行きます。
少女の死を知ったのか、否かは分かりませんが、死体は少女のやり方とは違う形で消失していきました。
どちらかと言えば、消失したというよりもその役目を終えたと言った方が適切かもしれません。
それ以来、死体が新しく生まれることも死体が消えることも起きていません。もちろん少女を見かけることも無くなりました。
それはこの世界のどこかで 賽ノ河原 @hikagi333
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