【崇期様企画ヒトキワ荘7回大会参加作品】

   【深読みが過ぎるスグル君】


 ––– さて、問題だ。

 ここ、瀬戸際小学校に用務員として潜入捜査をしている、教育委員会の刺客の僕こと『近似久 スグル』だったが、本校では常軌を逸した事象が日常的に起こっていた。

 現に、今、僕の目の前で起こっている出来事…

 ––– 百葉箱の中に女子生徒が居る。


 そして、その口には何故か『ちくわ』を横向きに咥えているのだ。

 つまり、喫食するつもりは無いらしい。

これは一体? 『かくれんぼ』の最中なのか?

 だがしかし、ちくわを咥えたその姿は、某人気漫画に出てくる…… と、なれば『鬼ごっこ』という線も。 いやいや、鬼ごっこならば自ら退路の断たれた場所に隠れるなど、ナンセンスな事をする訳がない。

 これは、まさか、いじめ……には見えない。 だって、この女子生徒、ニヤけてるんだもの! 

 つまり、あれか? 宇宙のパワーを集める的な……って、それは昭和後期に流行ったピラミッドパワーで、断じて百葉箱ではない!


 ––– そんな中、国語教師である枢木くるるぎ先生が此方に歩み寄ってくると、「スグルさん、お疲れ様です。今日はいい天気ですね」と、微笑んで会釈をしてくれた。

 ……いや、ガッツリ曇ってますよ先生?

それとも曇っているのは僕の瞳? それとも心? 悔い改めましょうか? だったらきっと、ハレルヤ …と、言いたいのかな?


 そんな自問自答の中、枢木先生が百葉箱の女子生徒に声を掛けた。

「豆子ちゃん、気温湿度係きおんしつどがかりご苦労様。今日はどうだった?」


ふぇんふぇ先生ひおん26ろ気温26度 ひふふぉ74ふぁーへふぉ湿度74パーセント へふです


 ……なん…だと?!

気温湿度計のかかり? いや、まず、ちくわを口から離して喋ろうか……?

 意味はわかるけど、僕、訳がわからないよ?

 いや、待て。これは身体の感覚を研ぎ澄ます高度な教育なのかも知れない。

 かの高級車『レクサム』のラインスペシャリストは0.5㎜の隆起を掌で見分ける能力があると聞く。

 だとすれば、何たる英才教育……

落ち着け、スグル。まだ、慌てる時間じゃ無い。

 一旦冷静になるんだ。僕はこの学校の教育にツッコミを入れに来ている訳では無い。

 思い出せ、

 ––– この学校に無免許教師が居ないか調査するという任務を。


「どうしましたか? スグルさん?険しい表情してますよ」

 枢木先生の話しかける優しいトーンが、僕を現実に戻してくれた。

「あ、実にユニークな係があるんですね。少し驚いてしまいましたよ」

 実に自然に、違和感なく答えたつもりだったが、枢木先生の続けた言葉は、僕のツッコミを加速させる事となった。

「ふふふ、そうですか? 他にも『消しカス集めてネリ消し係』や『白線の外のヒョウモンダコの世話係』なんてのもありますばい」


…突然の九州弁? いや、そこじゃ無い。

なんなんだ、そのニッチな係は? それに白線の外は『サメ』だろう?! それに、ヒョウモンダコの世話って、危なくない? ……ジャナイ…ソウジャナイ。


「そう…なんですね。今は係も多種多様化されている事に驚きました」

 と、捻り出すのが精一杯な僕だったが、自分の職務を全うすべく、聴き込みを行う事にした。


「先生、最近の社会では教職員も大変ですよね…… 『無免許』などの不祥事とかで世間の風当たりも強いですし……」

 …そう、誘導尋問のはず、だった。

「そうですね。無免許運転怖いですね」

 ……そうそう、電柱にツッコんだら大怪我しますよねッ、って、ソレデハナイ!

 それに、何故、先生はバタフライの真似をしているんですか? 泳いでいいのは『目』ですよ? ––– いや、溺れないでください。

 なんなんですか? その無駄に高い演技のクオリティー?!


「ふぇんふぇ〜(もぐもぐごっくん)湿度が100%を超えるとどうなるんですか?」

 ちくわを一本丸ごと完食し終えた女子生徒の、実に小学生らしい質問に先生が答えた。

「先生、免許持ってないから解らないわ〜」

 そして、『ワッハッハ』と声をあげて二人して笑う。

 その光景は、僕の目に眩しく映った。

それは、今は失われつつある師弟の絆であり、素晴らしい学校だと思うに十分な出来事だった。

 …ん?

何か大事な事を言いましたよね先生?

 いや、まさか。聞き違いだ。

こんな素晴らしい先生に限って、無免許などと…

 そうだ、知らんが『物理学博士号』とか、高次元な事を言っているんだ。


「先生ダメね…ちゃんと教職免許取っとくべきだったわ」

 ……確信犯、発見。


「ねぇ?先生? 私、先生が居なくなったら嫌よ。学校の楽しさを教えてくれたのは先生だけなんだから」

 …… ヤバい、泣きそうだ。

僕は、この先生を捕まえていいのだろうか?

免許持ちで犯罪を犯す教師より、よっぽど聖職者じゃ無いか。

 僕の中に生まれた葛藤、それは判断を出来なくしていった。

 そして…

「枢木先生。免許は今からでも取っときましょうね!応援していますよ!」

 僕はこう言うと、彼女に背を向けた。

明日、教育委員会を辞職する決意と共に。


 この世の中、詳細なまでのルールが張り巡らされ、正しい事の概念すら曖昧なものになってしまった。

 その中で、僕は今日、大切なものを見つけた気がした。

「本当に……いい天気だ。」

僕は曇天の空を見上げて呟いていた。


「スグルさん、その先にアリゲーターを放し飼いにしてるんで、気を付けてくださいね!」

 ……やっぱり!捕まえよっかなぁぁああ?


         完

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