【崇期様企画ヒトキワ荘7回大会参加作品】
【深読みが過ぎるスグル君】
––– さて、問題だ。
ここ、瀬戸際小学校に用務員として潜入捜査をしている、教育委員会の刺客の僕こと『近似久 スグル』だったが、本校では常軌を逸した事象が日常的に起こっていた。
現に、今、僕の目の前で起こっている出来事…
––– 百葉箱の中に女子生徒が居る。
そして、その口には何故か『ちくわ』を横向きに咥えているのだ。
つまり、喫食するつもりは無いらしい。
これは一体? 『かくれんぼ』の最中なのか?
だがしかし、ちくわを咥えたその姿は、某人気漫画に出てくる…… と、なれば『鬼ごっこ』という線も。 いやいや、鬼ごっこならば自ら退路の断たれた場所に隠れるなど、ナンセンスな事をする訳がない。
これは、まさか、いじめ……には見えない。 だって、この女子生徒、ニヤけてるんだもの!
つまり、あれか? 宇宙のパワーを集める的な……って、それは昭和後期に流行ったピラミッドパワーで、断じて百葉箱ではない!
––– そんな中、国語教師である
……いや、ガッツリ曇ってますよ先生?
それとも曇っているのは僕の瞳? それとも心? 悔い改めましょうか? だったらきっと、ハレルヤ …と、言いたいのかな?
そんな自問自答の中、枢木先生が百葉箱の女子生徒に声を掛けた。
「豆子ちゃん、
「
……なん…だと?!
気温湿度計の
意味はわかるけど、僕、訳がわからないよ?
いや、待て。これは身体の感覚を研ぎ澄ます高度な教育なのかも知れない。
かの高級車『レクサム』のラインスペシャリストは0.5㎜の隆起を掌で見分ける能力があると聞く。
だとすれば、何たる英才教育……
落ち着け、スグル。まだ、慌てる時間じゃ無い。
一旦冷静になるんだ。僕はこの学校の教育にツッコミを入れに来ている訳では無い。
思い出せ、
––– この学校に無免許教師が居ないか調査するという任務を。
「どうしましたか? スグルさん?険しい表情してますよ」
枢木先生の話しかける優しいトーンが、僕を現実に戻してくれた。
「あ、実にユニークな係があるんですね。少し驚いてしまいましたよ」
実に自然に、違和感なく答えたつもりだったが、枢木先生の続けた言葉は、僕のツッコミを加速させる事となった。
「ふふふ、そうですか? 他にも『消しカス集めてネリ消し係』や『白線の外のヒョウモンダコの世話係』なんてのもありますばい」
…突然の九州弁? いや、そこじゃ無い。
なんなんだ、そのニッチな係は? それに白線の外は『
「そう…なんですね。今は係も多種多様化されている事に驚きました」
と、捻り出すのが精一杯な僕だったが、自分の職務を全うすべく、聴き込みを行う事にした。
「先生、最近の社会では教職員も大変ですよね…… 『無免許』などの不祥事とかで世間の風当たりも強いですし……」
…そう、誘導尋問のはず、だった。
「そうですね。無免許運転怖いですね」
……そうそう、電柱にツッコんだら大怪我しますよねッ、って、ソレデハナイ!
それに、何故、先生はバタフライの真似をしているんですか? 泳いでいいのは『目』ですよ? ––– いや、溺れないでください。
なんなんですか? その無駄に高い演技のクオリティー?!
「ふぇんふぇ〜(もぐもぐごっくん)湿度が100%を超えるとどうなるんですか?」
ちくわを一本丸ごと完食し終えた女子生徒の、実に小学生らしい質問に先生が答えた。
「先生、免許持ってないから解らないわ〜」
そして、『ワッハッハ』と声をあげて二人して笑う。
その光景は、僕の目に眩しく映った。
それは、今は失われつつある師弟の絆であり、素晴らしい学校だと思うに十分な出来事だった。
…ん?
何か大事な事を言いましたよね先生?
いや、まさか。聞き違いだ。
こんな素晴らしい先生に限って、無免許などと…
そうだ、知らんが『物理学博士号』とか、高次元な事を言っているんだ。
「先生ダメね…ちゃんと教職免許取っとくべきだったわ」
……確信犯、発見。
「ねぇ?先生? 私、先生が居なくなったら嫌よ。学校の楽しさを教えてくれたのは先生だけなんだから」
…… ヤバい、泣きそうだ。
僕は、この先生を捕まえていいのだろうか?
免許持ちで犯罪を犯す教師より、よっぽど聖職者じゃ無いか。
僕の中に生まれた葛藤、それは判断を出来なくしていった。
そして…
「枢木先生。免許は今からでも取っときましょうね!応援していますよ!」
僕はこう言うと、彼女に背を向けた。
明日、教育委員会を辞職する決意と共に。
この世の中、詳細なまでのルールが張り巡らされ、正しい事の概念すら曖昧なものになってしまった。
その中で、僕は今日、大切なものを見つけた気がした。
「本当に……いい天気だ。」
僕は曇天の空を見上げて呟いていた。
「スグルさん、その先にアリゲーターを放し飼いにしてるんで、気を付けてくださいね!」
……やっぱり!捕まえよっかなぁぁああ?
完
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