思い出を売る店

増田朋美

思い出を売る店

暑さが幾分和らいで、みんな嬉しいなと言っている季節になった。そうなると、おしゃれの季節とも言える季節がやってくる。確かに、暑い季節は、おしゃれなんかに気を配ろうという気持ちにもなれないだろうし、涼しくなってやっと、おしゃれをしてみようかなという余裕が出てくるものである。人間と言うものはときにわがままな動物で、こんな気候だから、何もできないんだと言うことを、平気で言いふらしてしまうときが有る。自分が何もしないのをいいことに、気候のせいにしたり、政府のせいにしたり、そんなことが、色々有るものである。

その日も、カールさんは、増田呉服店と名乗る、自分の店に出ていた。呉服店と言っても、本当の呉服店ではない。いわゆるいらない着物を買い取って安く売る、リサイクルきものというやつである。この商売、普通の呉服業者からは嫌われている。同じ着物を売る商売なのに、着物が可愛そうだとか、ろくなことがないだとか、挙句の果てに、リサイクル着物を買うと、不幸になるという伝説めいたことを、吹聴する人も居る。そんなこと、何もないんだけど、なぜかそう言われてしまう。うーん、それはどうしてなのだろう?同じ着物を売る商売なんだけどねえ。だから、偏見のあるお客さんが、文句を言いに来る事も少なくなく。なんでこんなことを言われてしまうのかなと、カールさんは思うのであったが。

今日の、昨日すごいやすさで買い取った、着物を売り台に並べて、信じられないと思われる値段をつけて、着物好きなお客さんが来るのを待っているのだった。ここに来るお客さんなんて、着物が好きなお年寄りか、やむを得ず、着物を着たい人のどちらかだ。本当に着物がほしい人は、ほんの一握りしかいないのだ。それに、こういう着物なんて、二度と売れないだろうなと思われる着物も、たくさん仕入れなければならない。今は、売れる着物といえば、しっかりした古典柄の着物なんて売れるはずがないし、変な柄の、格の低い着物のほうが、売れるという現象がおきている。本当に、格が高くて、日本の立派な伝統的な柄の着物はまず売れない。そういう着物よりも、今風の、トランプマークをつけた着物とか、ちょっと、中東っぽい更紗模様の着物とか、そういう着物でないと、売れないのである。その日も、カールさんのところにやってきたのは、古典的な、江戸友禅とか、そういう着物だった。ああ、こんなの売れるはずがないんだよなと、カールさんは思いながら、その着物に、500円と値段をつけていった。あーあ、こういうのではなくて、もうちょっと今風のやつがあれば、家の店も、繁盛するんだけどねと思う。でも、リサイクルきものというのは、もともといらない着物だから、こういう古臭い、古典的な柄の着物ばかりやってくるのである。

カールさんが、こんなことを考えながら、売りだなに着物を並べていると、店に設置されているコシチャイムが、カランコロンとなった。

「いらっしゃいませ。」

と、カールさんが言うと、やってきたのは、杉ちゃんだった。

「よう、カールおじさん、黒大島のでものはないか?」

と、杉ちゃんは、必ずそういうのである。杉ちゃんという人は、必ず黒大島と呼ばれるブランドの着物を買っていく。黒大島というと、正式には大島紬という高級な普段着で、もともとは、奄美大島の労働着だった。それが、江戸幕府に献上されて、下は農民から、上は武家までの着物として、幅広く普及した着物だった。いや、逆をいえば、農民から武家まで浸透したのは、大島紬だけかもしれない。

「はいはい。黒大島なら、こういう感じのがあるよ。どうかな?」

カールさんは、杉ちゃんに、麻の葉柄の黒大島の着物を見せた。

「おう、頂いていくわ。着物ないと、何もできなくなっちまうからな。僕は、着物で生活しているからね。おいくら?」

と、杉ちゃんがきくと、

「はい、どうせ麻の葉柄は、古典的すぎて売れないので、2千円で結構です。」

カールおじさんは、にこやかに笑っていった。麻の葉柄なんてそんなものだ。高級な柄の一つでは有るけれど、昔からある柄は、なかなか今は売れるのは難しくなっている。面白いと飛びついてくれる若い人は少ない。若い人の成長を願って、無限の可能性という意味であることを教えても、蜘蛛の巣みたいで、面白くないと言われてしまえば、カールさんも勝ち目がない。

「そうか。たったのそれだけか。かわいそうな柄だねえ。」

と、杉ちゃんはそう言って、麻の葉の黒大島を受け取り、カールさんに二千円をわたした。

「全くね。うちは通販もやっているから、なんとか売上はあるんだけどさ。全くね、着物というのは、来店して買いに来る人なんて少ないよ。今は、インターネットで何でも出来ちゃうから。」

と、カールおじさんは、ちょっとため息を付いた。

「確かに、着物を見て、相談して買おうなんて人は、いないからねえ。」

と、杉ちゃんも納得した様に言う。

ちょうど同時に、カールさんの店のコシチャイムが音を立ててなった。

「いらっしゃいませ。」

と、カールさんがいうと、やってきたのは、中年の女性であった。

「すみません、成人式用の振袖を一枚お願いしたいんですが。どうせ、娘もその時しか着ませんし、それなら、リサイクルの安いもので、いいかなと思いまして。」

つまり、お母さんなのだ。本人がやってこないということは、それだけ着物に興味がないと言うことだろう。カールさんは、そこをがっかりしている気持ちをこらえながら、

「はい、どういうデザインが、お好みなんでしょうね。古典的な柄の振袖がいいとか、それとも、現代的な、モダンな感じのする振袖がいいか。」

と、聞いてみる。お母さんは、そうですねと言って、

「ええ、娘は、振袖であれば何でもいいといいます。どうせ、成人式のときしか着ないので、安いもので結構ですから。」

というのだった。

「ちょっとまってて。振袖と言っても、三種類あるの知ってる?本振袖、中振袖、小振袖。それによって、順位が違うんだよ。いいか、結婚式とか、そういうところに出るのは、本振袖、成人式とか、改まったところに出るのは、中振袖、お稽古とかコンサートで、格の高いところに行くのなら小振袖だ。その違いもちゃんとわかってもらって、買ってもらわなきゃな。それに、娘さんの身長というものもある。それによって、袖の長さを決めなきゃいけないし。可能であれば、本人を連れてきてもらえないだろうかな。」

と、でかい声で杉ちゃんが言った。彼の口調は、ちょっと乱暴というかヤクザの親分みたいな喋り方だったので、お母さんは、着物を着ているという意味もあり、ちょっと怖いなと言う表情をした。

「何も怖がることはありませんよ。杉ちゃんは、ただ、着物の仕立て屋さんで、着物の売り手ではなくその造り手です。その立場から、お話しているのです。」

と、カールおじさんが、そういうことを言うが、お母さんは、そうですねとだけ言った。

「だから、成人式だったら、本振袖か、中振袖だろ。昔は、結婚式には本振袖で、成人式では、中振袖を着ると、振袖は2つ用意しておくべきだと言われていたんだがね。今は、みんな背がおっきいから、本振袖で間に合うようになっちゃた。大学の卒業式なんかで着るのも今は本振袖かな。いずれにしても、成人式に着るんだったら、大人の登竜門ということで、古典的な大きな花がらなんかがいいんじゃないの。」

と、杉ちゃんがそういうと、

「し、知りませんでした。そんな三種類もあったなんて。」

とお母さんは言った。

「わたしはただ、娘に着せたいと思って、ここへきただけなんですけど、そんな難しい理屈を押し付けられるとは。」

「おしつけなんかじゃありません。僕はただ、仕立て屋として、種類があるんだと言うことを、教えているだけです。」

杉ちゃんが急いでそう言うと、

「いや、そんな難しいことだったのは、わかりませんでした。すみません、もう一回勉強し直してまた来ますから。」

といってお母さんは、嫌そうな顔をして店を出ていってしまった。カールさんと杉ちゃんは顔を見合わせた。

「やれれ。本当のことを教えただけなのに、買ってくれなかったなあ。」

と、杉ちゃんがいうと、

「最近の人は、細かく振袖の種類なんて、調べようとしませんからね。ただ、その後で振袖を着て赤っ恥を描いたから、これはもういらないと言って、持ち込まれる振袖のなんと多いことか。時々、うちの店にも苦情が来るんですよ。着物が、おかしいと道路を歩いていたらお年寄りから指摘されたとか。そうなるんだったら、ちゃんと、話を聞いてもらいたいんですがね。現在の人は、面倒くさがりですねえ。」

と、カールさんは、大きなため息を付いた。こういうことは、着物屋であればよくあることなのだが、それは、本当に悔しいことでも有る。

「まあ、しょうがないなあ。」

杉ちゃんが、そういうことを言っていると、また店のコシチャイムが音を立ててなった。今度は、中年の、なにかやってそうな婦人だった。

「すみません。お茶のお稽古に、色無地というものは、ありませんでしょうか?」

と、婦人は言った。

「はい、ありますよ。色無地は色無地であっても、いろんな種類がありますよね。例えば、大きな柄を、地紋として入れたものもありますし、小さな小紋柄を、全体にまぶしたものをありますよね。それに応じて、着る場所も変わります。前者であれば、展示会とかカジュアルなものになりますし、後者であればフォーマルな用途、お友達の結婚式などに合わせられます。お茶のお稽古というのであれば、細かいほうがよろしいですかね?」

と、カールさんが説明すると、婦人はそこまではわからないという顔をした。

「すみません。わたしまだお茶を習って少ししか経っていなくて。お茶の先生は、柄を入れないで、黒か白以外の一色で染めた着物が色無地だからそれでいいと言っていたんですかね。」

「はあ、その先生は、着物のことを、あまりご存知ないのかな?着物は、いろんな順位があって、地紋という織柄の入れ方とか、素材なんかで順位が変わってくるよ。それに応じて、着る場所を変えるのが着物じゃないか。着物というのは、何でも一枚で通すということは絶対にできないよ。そういうもんだ。だから、複数枚持つのが効果的なんだ。」

と、杉ちゃんが言うと、婦人は困った顔をした。多分、一枚色無地があればいいとか、変な説明をされたのだろう。それで、いいのだと思ってしまったのかもしれない。

「そういうことだったんですか。わたし、着物のことをあまり知らなかったから、すみません。もう一度出直してきます。」

と、婦人は、申し訳無さそうな顔をして、急いで店を出ていった。コシチャイムがまたむなしそうにカランコロンとなった。

「やれやれ、ちゃんと着たい人みたいだったから、ちゃんと教えたつもりだったのにね。なんでこうなっちまうんだろうか。」

と、杉ちゃんがいうと、カールさんも本当だねといった。

「着物をちゃんと着るんだったら、それなりの知識が必要だと思ったから。それを教えようと思ったのによ。それも断られちまった。勉強しようっていう人じゃないな。」

「まあ確かに、最近は癒やしを求めて伝統文化を習おうと言う人は多いですが、伝統文化をしっかり学ぼうと言う人はそうはいませんよね。まあ、それも時代の流れですが、お教室が、ちゃんと着物のことを伝えないのも、また問題では有るんですよね。着物は、たしかに今の時代には合いませんよ。あーあ、こういうことばっかり起きると、着物屋をやっているのも嫌になっちゃうな。なんか、日本の着物を売りたいと思ったけど、虚しいことばっかりで。」

カールさんは思わず本音をぽろりとこぼした。

「そうだね。着物って、関わりたければ関わりたいほど、遠ざかっちまうもんだよな。仕立て屋としては、もっと着てほしいなと思うんだけどね。」

杉ちゃんもそれに同調したのだった。

「まあいずれにしても、本当に着物を着たいお客さんは、少なくなっちまった。ましてや本当に着たい人を探し出すまでが大変だ。まあ、嫌な世の中になっちまったもんだぜ。着物って、本当は便利なのによ。」

杉ちゃんは、ちょっと苦笑いした。確かに、着物というものは、暑い季節は便利なのである。というのは、肌に直接触れる面積が少ないので、ズボンのように洋服にべったりくっつくということは、あまりないからだ。

それと同時に、また店に設置してあるコシチャイムがなった。

「いらっしゃいませ。」

とカールさんが言うと、今度は、若い女性だった。それもなにか自信をなくしているような悲しそうな女性だった。

「あの、ちょっとお尋ねしたくて今日はこちらにこさせてもらったんですが。」

と、彼女は言うのだった。

「はあ、なんでしょうか?」

とカールさんが言うと、

「ここでは、お着物を500円で売ってくださっていると聞いたのですが、本当でしょうか?」

と女性は聞いた。

「はい、たしかに500円の着物もございます。」

カールさんが答えると、

「じゃあ、その500円の着物と言うのはどんな着物なのか、拝見させてもらってもよろしいですか?」

と女性は聞いた。カールさんは、売り台から、500円の値段がついた、着物を何枚か取り出して見せた。

「すごい、高級そうな着物じゃないですか。これ、ほんとに、500円でいいんですか?」

と女性が言うのでカールさんは、はい、構いませんと答えた。

「なんでですか。素晴らしい生地だって、わたしが見てもわかりますよ。だって、こんなにテカテカに光っているから、いいきものですよね?」

「まあそのとおりだ。羽二重という高級な生地なんだがね。柄が桔梗の柄という、古臭い柄なので、今のやつには売れないから、こうして安くしてんの。」

と杉ちゃんがいうと、

「それって、なんだか着物がかわいそうですね。」

と、彼女は言った。

「それなら、わたしが買ってもいいでしょうか。なんか、こんなに素晴らしい着物なのに、誰かが着てやらないと、かわいそうだと思うんです。もちろんわたしは、着物の種類などは全くわかりませんが。」

「はあ、着物を何に使うの?」

と杉ちゃんに言われて、彼女は、

「わかりません。ただ、美術展に着てもいいし、誰かと食事をした時着てもいいかなって。もともと、おしゃれが好きなので、自分を飾り立てることが好きなんです。」

と言った。

「はあなるほどね。そういう用事があって着るんだったら、この小紋は最適だ。小紋というのは、そういうカジュアルなときに着れるもんだからな。今であれば一番需要がある着物かもしれない。一枚とは言わず、どうせ、500円の代物だ。もう一つぐらい買ってったら?」

杉ちゃんに言われて、彼女は、ありがとうございます、そうさせていただきますと言って、近くにあった、紅葉の柄の小紋を手にとった。それもやはりテカテカに光った羽二重の生地だ。どうやら彼女は羽二重が好きらしい。羽二重というと、礼装とか、そういうときに使う生地であってあまりカジュアルシーンには使わないというのが礼儀なのだが、それは、杉ちゃんもカールさんも、言わないでおいた。

「ありがとうございます。じゃあ、この、黄色い着物と、青い着物、2つ頂いていいですか?」

「わかりました。二枚で合計、1000円です。」

カールさんがそう言うと、彼女はしっかり1000円を払ってくれた。カールさんは、急いで領収書を描いて、彼女にわたした。

「たたみ方などは、おわかりになりますか?」

カールさんがきくと、なんとなくわかりますと彼女は言った。せっかくだから、と言って、カールさんは、着物を畳んで居るところを見せて上げた。彼女はそれを真剣に眺めている。

「なんでお前さんは着物に興味を持つようになったんだ?」

と、杉ちゃんがきくと、

「ええ、病気になって、薬の副作用でえらく太ってしまいまして。それで今までの洋服が全部入らなくなってしまったんですよ。それでどうしようか困っていたところ、着物だったら、多少体型が変わっても着れるって、おじいちゃんが教えてくれましてね。それで、こういうリサイクルショップであれば、安く変えるからって、インターネットで調べたんです。それで洋服は着れなくても、こうしておしゃれができるんだって事に気がついて、着物を着たいなって思うようになりました。」

と、彼女は答えた。

「はああ。なるほど、そういうことか。それなら、たくさん着物を着てやってよ。着物もそういうやつに出会えて、喜ぶと思うよ。」

杉ちゃんもカールさんもにこやかに笑って、彼女の話を聞いていた。

「ありがとうございます。またこちらのお店に伺ってもいいですか?他にも、着物が必要になったら。」

「はいどうぞ、いつでも来てください。」

と、カールさんは、今度こそ、本当に来てくれる客だと思って、彼女に帯締めを一本プレゼントしてやることにした。彼女は、ありがとうございますと言って、畳んだ着物を受け取り、

「わたしのこと、大事に思ってくれて嬉しいです。そんな人達がまだいたってことに感謝します。ありがとうございました。」

と、深々と頭を下げて、店を出ていった。今回のコシチャイムは、虚しいという感じではなかった。

「良かったな、顔の見れる客が来てくれてよ。」

杉ちゃんは、カールさんに言った。

「そうだねえ。」

カールさんもなにか嬉しそうだったが、同時に不安でも有るような顔をしている。

「彼女のような、居場所のない人や、病気の人ばかりが来る店ってことにはならないでもらいたいんだけどなあ。」

確かに、呉服屋にとっては、そういうのぞみかもしれないが、

「それは無理だな。」

と杉ちゃんは言った。

「今どき、着物なんて、あの女性のような、ワケアリしか欲しがらないさ。でも、僕たちは、彼女に、思い出を売ったって、自信持っていいんじゃないか?そういうことができる商売はなかなかないぜ。」

「そうだねえ。」

カールさんは、杉ちゃんの言葉に静かに頷いた。

「思い出を売る店、か。」


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思い出を売る店 増田朋美 @masubuchi4996

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