第18話 安らかに眠れサーシャ

 少女がいた場所へとたどり着く。

 フィーリアが少女の横でかがみ、様子を見ているようだった。


「怪我はないようですね」


 テレジアは周囲を警戒し、サーシャはゴーレムをつんつんと突き、エフェメラは少女をじーっと見つめていた。

 僕が欠伸しながら近づくと、テレジアがキッと睨んでくる。

 テレジアは顔をしかめつつも何も言わず、また警戒態勢に入った。

 僕が持っていたフィーリアの聖術の光は、徐々に消えていった。

 サーシャとフィーリアの二人が光源魔法、聖術を使ってくれているので辺りは明るい。

 足元には少女が持っていただろう松明が転がっていたが、その光は消えていた。


「あ、ありがとうございます」

「いえ、ご無事で何よりです」


 フィーリアが柔和な笑みで少女に返す。

 改めて少女を見ると十三歳くらいに見えた。

 素朴で村娘といった風貌。

 服も村人らしい、スカートに簡素なシャツ姿だ。

 ただ、服の半分は切り裂かれているため、半裸だけども。

 フィーリアが僕の視線に気づいたようで、すぐに自分の上着を少女に着せてあげていた。

 そこまでしなくても大丈夫だ。

 マグナ君からすればこの少女は、興味の範囲外の対象、となるのだから。

 彼は『ぼんきゅっぼん』が好きなので……僕じゃないよ、マグナ君がね!

 僕は興味なさげに辺りを見回した。

 ゴーレムは全部僕が倒したので、脅威はもういないようだ。

 ゴーレムのレベルは200程度だ。

 テレジアたちといい勝負といったところか。

 となるとダンジョンボスはそれほど強くはないかもしれない。

 だが、必ずしもダンジョンの魔物のレベルと、ボスのレベルが近いというわけでもないので、油断は禁物だけども。

 そんなことを考えていると、テレジアが厳めしい顔つきで少女に近づいていった。


「おい貴様、なぜこんな場所に一人でいる? ここはダンジョン。一介の村人が立ち入る場所ではないぞ! それに何があったのだ!? 先ほどの風、あれは一体なんだ? なぜ大量のゴーレムが倒されている? 貴様がやったのか!?」


 テレジアが一喝すると、一拍置いて少女がびくっと肩を揺らした。

 上から目線の上、威圧的、さらに声まで張り上げて、そりゃ怖いだろう。

 ……ん、なんか違和感があったような。

 気のせいだろうか。


「テ、テレジア様。先ほどまで危険な目にあっていた様子。あまり強く聞かれては……」

「何を言う? ただ聞いているだけではないか」


 彼女にとってはこれが普通なのね。

 うん、何となく察してはいたけれどもね。

 フィーリアのほんの少し呆れた表情を僕は見逃さなかった。


「私はフィーリアと申します。あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「デ……アンナです」


 今、デって言ったような?

 ……ふむ。


「アンナ様、先ほど何があったのですか?」

「わ、わかりません。私、結構奥まで行っていたんですが魔物たちが突然現れて、襲ってきたのでここまで逃げてきて……そうしたらいきなり風が吹いて、魔物が全員死んだんです」

「風……確かに先ほど強風が吹きましたが」


 フィーリアがテレジアに振り向くと首を傾げた。


「ダンジョン内で風が吹くとはおかしい。横穴なりあったにしても、あれほどの強風が吹くか?」

「……一体何があったのでしょう」

「わからぬ。だが、その風が何かを起こし、そしてゴーレムを掃討した。そういうことなのかもしれん……何者かの魔法か?」


 ゴーレムをつんつんしていたサーシャが立ち上がりながら、服に着いた土を払った。


「それはないー。魔法を使ったら魔力の反応があるけどー、何の反応もないもんねー。魔法は使われてないよー」

「魔法ではない。誰もいない。けれどゴーレムは倒された……不思議です」

「考えられるのはそれ以外の力……例えばスキルなぞだが」


 ちらっと僕を見るテレジアや他の仲間たち。


「ぶぁっくしょぉい! ちきしょうめぇい、あらっしょい! ふぅ……あ? なんだよ」


 僕は知らぬ存ぜぬを通すため、クズ勇者らしくあくびをして、その勢いでくしゃみまでしておいた。


「あり得んな」

「あり得ないー」

「恐縮ですが……」

「…………ん」


 テレジアたちは一瞬で僕から興味をなくす。

 ちなみにレベルに変動はなかった。

 これくらいじゃもう僕の評価は下がらないってことね!

 ふっ、マグナ君も嫌われたもんだぜ。


「ところで、こちらで何をしていらっしゃたのですか? 一人でダンジョンに入るなんて……」

「そ、それは妹を探しに。奥に行ってしまったので」

「妹様が奥に?」

「は、はい」

「魔物がはびこっている場所に、一人で、幼子が入っていったと?」

「そ、そうです」

「なぜでしょうか?」

「わ、わかりません……とにかく奥に走っていったので」


 フィーリアが困ったようにテレジアを見上げる。

 しかしテレジアは厳めしい顔つきのまま、何も答えない。

 ダンジョンが危険であることは子供でも知っている。

 中に入るなんて幼子でさえしないくらいだ。

 僕たちの反応を見て焦ったのか、少女はフィーリアの袖を掴み叫んだ。


「ほ、ほんとなんです! 妹が本当に奥に! 信じてください!」


 そりゃもう勢いよく、ぐいぐいと引っ張るものだから、フィーリアの服が伸びそうになっている。

 あーあ、聖女の服って高いだろうに。

 フィーリアがちょっと泣きそうになりながら小声で「や、やめ、やめっ」とか言っている。


「わ、わかりました! わかりましたから! 信用します! だから引っ張らないでください!」

「あ、す、すみません」


 我に返った少女がフィーリアから手を離す。

 ささっと身なりを整えるフィーリア。

 よかったねフィーリア、服伸びてないし、破れてもないよ。


「と、とにかくあとは私たちにお任せください。ですがあなた様は村へ帰った方がよろしいでしょう。私たちが連れていきますので」

「ダ、ダメです! 村はここから半日ほどかかるんです! 村まで行っていたら日が暮れてしまいます! 妹は泣き虫で、怖がりで、一人にしてたら……それに遅れたらどうなるか! 皆さんは冒険者なんですよね!? お願いです! 私も一緒に行かせてください!」

「し、しかしそれでは危険です!」

「ある程度ならダンジョン内部の構造がわかります! さっきまで結構奥まで進んでいたので! 少しは役に立てますから! 邪魔はしませんから!」

「そ、そう言われましても……」


 答えに困ったらしいフィーリアは、テレジアの近くに移動。

 その流れで、自然とサーシャとエフェメラも集まってくる。

 僕は蚊帳の外ですがね!

 しかしこんなこともあろうかと、僕は盗み聞きの技術を取得している。

 ふふふ、あらゆる分野に精通している神父様に隙はないのだ。

 僕は耳を澄ました。


「どうなさいますか? 一度村に帰した方がいいかと思いますが……」

「しかし時間がない。妹が奥に行ったというのが事実ならば、すぐに助けなければ魔物に殺されるだろう」

「じゃー、あの子連れてけばー? ボスを倒すのは妹ちゃん見つけて、二人を村に送ったあとにすればいいよねー」

「…………ん」


 サーシャとフィーリアとエフェメラが目配せをした。

 うん、わかる。

 一旦外に出れば、さすがのテレジアも休むことを拒絶しないよね。

 さすがにね? さすがのさすがにね?

 期待と不安を込め、サーシャたちはテレジアの反応を窺う。

 テレジアは目を閉じ、眉根を寄せていた。

 そしてカッと目を見開く。


「決まりだな」


 決まった! 僕たちの、特にサーシャの命運が!

 僕たちは勝ったのだ!


「よ、よろしいのですか? テレジア様はダンジョンボスの討伐を急がれていましたが」


 フィーリア、余計なこと言わないの!

 そのまま勢いで決定したかのようにふるまわないと!

 うーん、やっぱりやめようか、とか言い出したらどうすんの!


「人命が第一だからな」


 ほっ、とサーシャが胸を撫で下ろした。

 よかったね、サーシャ……。

 しかし、テレジアって居丈高に見えて、結構人のことを考えられる人なんだな。

 やはり人の上に立つ人間は違うってことか。


「それに村に送ったその足でまた戻ってくればよい」

「……まさか、そのままダンジョン攻略をするおつもりで?」

「当然だ。私は寝ずに五日は行けるぞ!」


 なぜか自信満々で綺麗な胸を張るテレジア。

 やっぱり上に立つ人間は違うや!

 常識がねぇんだもんなぁ!!

 仲間たち全員がドン引きである。

 当然、僕もドン引きである。

 もう無茶苦茶。この人、自分の目的のためなら誰を犠牲にしてもいいって思ってる。

 いや、もしかしたら犠牲にしているという自覚さえないかもしれない。

 おまえら、勇者のパーティならそれくらいするよね?

 当たり前だよね?

 休むなんてことするわけがないよねぇぇーーーっ!? ねぇえぇーーっ!? みたいな圧を感じる。

 ヤバい。マジヤバい。この人ヤバすぎる。

 あるいはこれが王族としては普通なのだろうか。

 絶望に駆られる僕たち。特にサーシャは呆然とし口から何か魂的なものがはみ出ている。

 憐れサーシャ。せめて安らかに眠れ。

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嫌われ者の最弱勇者だけど実は最強です ~嫌われるほどレベルが上がる最強スキル『嫌者賛美<ジャッジメントレベル>』を持っているので、嫌われ勇者を演じるしかない!~ 鏑木カヅキ @kanae_kaburagi

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