一択問題

氷坂肇

失敗した日

 盛大にフラれたな,こりゃ.

 やれやれ,といった表情を浮かべてはみるが,やはりそこには強がり者の我慢が滲み出ている様だった.

 両目はあかく潤い,曇天穿どんてんうがつ一閃の雷鳴がとどろき,向かいの針葉樹を根元まで真っ二つに割き切った.雨は未だ止まない.


 ホノカからの着信が入ったのは正午過ぎだったと思う.

『話をしよう.いつものところで待ってる』

 あまりにもありきたりな文体だったので,俺は何もいぶかることなく『いつもの』場所に歩を進めた.

 「やあ」白色のワンピースに身を包んだホノカが手を肩のあたりまで挙げて呼びかけている.やあ,今日は霧がひどいね,天気もぐずついてるし,降り出さないといいけど.

 「そうだね,じゃあさっさと本題に入ろうか」と言うや否や,ホノカは大きく息を吸って,もたれ掛かっていた手摺てすりから立ち上がった.


「ばいばい.大嫌いだ」

 

 ホノカはどんどん加速していき,向かいの手摺目掛けて全力で駆けている.まるで,走馬灯を見るような眼をしながら,深い霧を薙いで走る.

「......ばか」手摺に手をかけたかと思えば両脚を左手側から回し挙げ,次の瞬間,ホノカの全身が鉄塔から高度25メートルの空白に吸い寄せられていった.


 俺は,何もできなかった.手を伸ばすことも,声をかけることさえも.ただ,決まってしまった運命を眺める傍観者のように指をくわえて顛末を見送ることしかできなかった.

 『いつまでもありがとう.私はずっと,ずっと,君が嫌いだった.独りよがりで,自己中で,そのくせ一人で生きていられる顔をしたお前が大嫌いだった.何日か待ったさ,君は気づかなかった.君,私のこと少しは好きだったでしょう?だから一番残酷な死に方を考えた.少しでも君が苦しんで生きるように.少しでも私のことを憶えていてくれるようにね.さようなら.君は,いつも,手遅れなんだ.』


 どこで間違えた?何日前だ?いつ選択肢を踏み外した?俺がお前を好いていた?

 こんな自分に嫌気が差していたところではあった.少なくとも俺の三本指には入る友人に目の前で死なれたというのに涙一つ流せず,自分の行動ばかり振り返っている臆病な自分の思考回路に.本質から逃げ回って外堀ばかり埋めていく情けない意地の張り方に.最悪の舞台を演出したのが自分ではないと言い聞かせるように声を振り絞って出た言葉に.


 盛大にフラれたな,こりゃ.

最悪の濃霧に包まれて俺は鉄塔の展望台に背を向けた.


 

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一択問題 氷坂肇 @maeshun

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