第24話 複雑な状況
「お、良い感じにできてるぜ」
「でっしょー? 私が作ったからね!」
「はいはいそうですね」
「反応だる」
青山と赤城が言葉を交わしている。
夏休みが終わり二学期が始まってから少し経った今日、僕はまた放課後に総務部のメンバーで最終確認としてたこ焼きを試作していた。
夏休みよりもさらに文化祭に近づいたということもあり、校内の雰囲気は夏休みよりも遥かに盛り上がりを見せていて、放課後には残っていない生徒の方が珍しいのかもしれない。
「ほら、笹川と薺も食べてみてよ」
「ああ、うん」
「私ももらおうかな」
青山に声をかけられてまだ試作のたこ焼きを口にしていなかった僕と野崎さんもそれに手を伸ばす。
食べてみると、普通に美味しい。形も綺麗だし何も文句のつけどころのない出来栄えだった。
「あ、美味しい」
野崎さんが思わずといった感じに感想をこぼしたので、僕もそれに同意しておく。
「うん、美味しいね」
「ふふ、でしょ」
青山が褒められてわかりやすく嬉しそうな顔をしている。とても可愛らしい笑顔だと思うのと同時に、ふと赤城の方に視線を向けてみる。
……嫌な予感が的中、というか赤城が思っていた通りの反応を示していて、少しだけ胸が痛くなる。どうやったって僕には赤城の気持ちを阻止することはできないし、そんな権利もない。それでもこんな気持ちになってしまうのは、僕が弱い人間だからだろう。
「笹川と赤城の用意してくれたレシピ表もあったしね、意外と簡単だったよ」
青山が少し謙遜するように付け加えるのと同時に、僕と赤城にも賞賛の言葉をかけてくれる。
「やっぱ俺らも頑張ったしな、笹川」
「……」
青山の言葉を受けて赤城が少し嬉しそうに笑いかけてくる。今までは気にしていなかったものが、どうしても気になってしまって少しだけ自分が情けなくなる。
「……笹川?」
「あ、ああごめん。ちょっと考え事してた」
「大丈夫か?」
「いや全然大丈夫」
赤城の気持ちを聞いたあの日から、今までのように赤城と話せなくなってしまってぎこちなくなってしまっていたようで、それを決して悟らせまいと僕は少しだけ大きく声を出して問題がないことを主張した。
僕の彼女である青山のことが好きであるという赤城。彼氏である僕は本来それに対して憂いを覚える必要はないはずなのだけれど、僕の自分自身への自信のなさと赤城という圧倒的な光を目の前にしてしまうとどうにもそういう訳にはいかない。
僕と赤城であれば、誰が見たって赤城の方が精悍な顔つきで身長だって高くほぼ全てにおいて良い男であり、逆に僕にアカギが勝っているところなんて一つもないだろう。
それはつまり青山の隣に立つ男として僕よりも赤城の方が優れていることの証拠でもあり、さらに僕のような弱い人間の隣にいつまでも青山が隣にいてくれる自信がないので、それに比例して青山のことも完全には信じられなくなってしまっている。
これは青山にとっても失礼なことで、それを自覚して僕は僕を更に嫌いになる。
つまりは負の連鎖であった。
くだらないことを考えながら僕らは残りのたこ焼きを食べ終わり、総務部の仕事を終えていた。時刻は午後五時を回ったところで、夏の盛りは去ったとはいえまだこの時間帯では陽の光は残っていて、階段を降りる僕らを眩しく照らしていた。
「いやー、もう文化祭まで一週間なんて、時の流れは早いね」
青山が少し感慨深そうに呟く。確かに、夏休み前から今までにかけて大分忙しい日々が続いてきたけれど、それも終わってみれば一瞬のことだった。
寧ろ今ではその日々を短いと思うほどなので、案外僕も青山に巻き込まれる形で始まった総務部での日々を楽しんでいるのかもしれない。
「本当にな、一瞬だったわ」
「ね、この総務部きっかけで笹川君とも知り合えたし、だいぶ濃かったはずなのに」
赤城と野崎さんも青山に同意するように言葉を重ねる。
階段を下り切り、廊下を歩く僕らの目に入ってくる教室では、各々のクラスで企画されているのであろう出し物の準備をしていた。様々な言葉が交わされて、完成に近づいてきた装飾などがさらに彩られていく。
段ボールで作られた装飾品、用意された衣装、生徒の楽しそうな声、それぞれのクラス単位で催すものは違えど、全員が同じ目標に向かって用意を進める。
それに眩しくて目を瞑ってしまう人間もきっといるんだろうし、僕もきっとその光に当てられてしまう人間なのだろうけれど、きっとそういった人にだって確かな足跡を刻む行事。
本当に眩しい、眩しくて堪らないけれど、今ではその光も心地いいものに変わりつつある。
「学校で笹川と話したのってほとんど初めてだったし、面白かったなあここ数ヶ月」
「……そうだね」
青山が言葉の前半を少し大きめに発音し、僕にだけ伝わるように悪戯っぽく笑った。
本当に、青山には感謝してもしきれない程の沢山のものをもらっている。単純にプレゼントであったり、経験であったり、少し恥ずかしいけれど愛情であったり。
その感謝を伝えてしまいたかったけれど、今は少し気持ちを抑えて頷くに留めておいた。
「今年の文化祭は中々面白そうになりそうだし、まじで楽しみだわ」
赤城がそう口にして、僕らもそれに反対する言葉なんて何も出てくるわけもなく、僕たちの教室に着くまでの間、僕らの間には気持ちのいい沈黙が下された。
*
そうして僕たちはその日の仕事を終えて、教室の準備を手伝ったのちに帰路についていた。午後七時を回り、陽もほとんど落ちかけていて赤城の精悍な顔が沈み掛けの夕陽に照らされている。
僕は放課後に残った多くの日々の例に漏れず、赤城と下校をしていた。
いつものように他愛のない会話を繰り広げ、静かな帰り道を僕らと同じような生徒たちが賑やかに活気づける。
赤城はそんな帰り道の最中で「ちょっとコンビニ寄らね?」と一つ提案をしてきて、僕には断る理由もなくそれを承諾した。
僕は棒のアイスを、赤城はホットスナックのチキンを買い、それを店先で食べる。落ちかけていた落日は僕らが出てきた時にはすでに眠りについていて、店先の照明が先ほどよりも存在感を増していた。
赤城にしては珍しく、無言でチキンを頬張っているので少し違和感を感じながらも、僕の方から話を振る。
「……後一週間って、文化祭、本当にもうすぐなんだね」
「……」
赤城は無言でチキンを一口、もう一口。
「赤城?」
「……ん、ああ、すまん。ちょっと考え事しててな」
まるで昼間の僕のリバイバルである。
再び僕らの間には沈黙が流れ、秋の訪れを知らせる鈴虫と夏の残滓である蝉が歪な二重奏を奏でていた。
しばらく赤城は沈黙を貫いたのちに、「言うか」と呟き突然何かを決断したかのように強い視線をこちらに向けて、言った。
「なあ笹川。俺、文化祭が終わったら青山に告るよ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が、誰かに心臓を握られているような苦しみが、僕を襲った。
僕の彼女は割とモテる けいそうど @louloulen
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