第24話 粋
本堂の木床を渡ってゆく。ギシリと音を弾ませながら歩調を合わせる。ここまで西本願寺の歴史を教えながら歩いてきたが、中に入ると無言になった。広い間取り、木製の匂い。住職の静粛で優しそうなふるまい。そうしたさまざまな要素が青年らは圧倒された。人形は特に、食い入るように観察していた。
御影堂から出て南東に進路を変えた。
「これから行くところが飛雲閣だよ、桃山、江戸文化の遺産。粋なものらしいよ」
「粋?粋とはなんですか」
「型に従ってるように見せながら、中では常に型にとらわれることをさける……って感じかな、ちょっと説明が難しいな」
粋の美的センスを服に例えたり、しぐさに例えたりしながら人形に語った。
「なんだか面白いですわ。おせっかい過ぎないサプライズですわね」
「んぁ?そうだね、それも粋かもね」
笑い合いながら飛雲閣の敷地に入った。片手でパタパタと青年に風を送っている人形。粋に迫るにはまだ時間がかかりそうだなと思いながら青年も風を送り返した。
「粋ですわ」
人形は風を送りながら、飛雲閣を池越しに見て言った。
二人は西本願寺を出た。お昼ご飯をを取るには早い時刻であった。外殻に沿うように南、西と移動した。左手の方で車がビュンと行き交う。西本願寺の外郭、ちょうど南西の角だが、その先はコンクリートの建物と和風のものとが混在していた。
そこから南にまっすぐに進むとあるのが、次の目的地、五重塔で有名な『東寺』である。青年は交通の少ないところでタクシーを呼ぼうとスマホを開いた。
「タクシーをお呼びになるのかしら」
人形の呼びかけに二言返事をして振り向く。強い意志をこめた瞳が青年を見つめていた。何か言いだす気だなと、青年は楽しそうに言葉を切った。
「何か言いたそうだね」
「そこまで離れてはいないのでしょう?」
「ここからなら20分もかからないね」
「歩いていきましょう」
悪くないと青年は思った。基本的に目立たせたくない、という理由からタクシー移動だった。しかし、西本願寺を見学中はたいして騒ぎにならなかった。服装こそ派手だが外国の人に見える人形はそこまで珍しくないのだなと青年は思った。
「いいよ、歩こう」
青年はスマホを戻し、人形はその場で行進をした。足は軽く動かし、両腕は大きく前後に振った。
二車線を抜けたあたりで
「やまとさま。あちらで少し休憩しませんか」
と指をさした。
喫茶店で透明なガラスに覆われた店だった。中をみるとまだお客さんが少なそうなので立ち入ることにした。
こぢんまりとした内装で5座席ほどおいてあった。天井にはぐるぐると回っているプロペラがあり、入ってすぐ右の方にはクリスマスツリーのような観葉植物がある。
「静かだね、小休憩にピッタリだ」
「えぇ、どちらになさいますか?」
メニュー表を机にポンと開いた。人形はあれもいい、これもいいと楽しそうに吟味している。青年は店員を呼び、抹茶ケーキと紅茶を二つ注文した。
ほどなく店員が二人の前に運んできた。
「あら、おいしそう」
そういった人形の前には黒の丸い漆器に乗せられた抹茶ケーキを見て言った。四つの層に分けられたケーキは、上からクリーム、スポンジと段組み、一番下はクッキーが敷かれていた。
人形は一口だけ食べると無言でうなずいた。青年は人形が満足していることを確かめてから食べた。組み分けされたケーキは柔らかい歯ごたえで、下に乗っただけでクリームが溶けた。直後に口いっぱいに甘みが広がり、次は抹茶の抜ける匂いが鼻の奥を通った。
紅茶を喉に流すと、それまでのケーキの風味を消し、さっぱりとした気分になった。
半分程か、食べ進めたところで人形に声をかけられた。
「やまとさま。あーん」
言葉通り、フォークにケーキを乗せて青年の前に伸ばしてきた。変なことを知っているもんだと青年は思った。人形の誘いに付き合い、青年は甘いフォークにかぶりついた。
「どうですか?」
「うまいよ」
同じものを食べているはずだが、自分のよりも甘いなと青年は背筋を伸ばした。
「粋でしょ」
頬づえをついて笑う人形。
「ああ、そういうことか。粋だね」
手で一つ、パンとたたいて青年は言った。青年自身も何が粋かよくわかってなさそうだが、ほのぼのとした雰囲気が店内に流れた。
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