第20話 ホテルデート
人形と色違いの、茶色の寝間着に着替えた青年はれこれまでのレポートを入力していた。買ってきた青い缶コーヒーを飲み終えると同時に、同僚女性宛に人形の写真を添付して送った。
「お待たせエマちゃん。終わったよ」
「お疲れさまです。よろしければこちらを」
そういって渡されたのは部屋に置かれてあった和菓子であった。部屋は照明がかかっており、外のビルも同様にぽつぽつと明かりがついていた。
「んん~!うまい!エマちゃんも食べた?」
「失礼かと存じましたが、お先に頂きました。好みのお味でしたわ」
お嬢様言葉に戻った人形は大人びてみえた。こめかみから伸びる髪の、落ち着いたカールの印象であろうか。それでも隠しきれていない少女の面影がある。
「それにしても準備万端だね」
人形の両手両足をみながら言った。ウェディンググローブを通しており、足元しかわからないが黒のストッキングをはいていた。ホテル内を出歩く約束だったので、その支度を済ませていた。
「もちろんですわ。よろしければさっそく行こうではありませんか!」
先ほどから顔に出ていた笑顔は、子供が旅行先のお土産屋さんでのぞかせる顔だった。ベッドに座っていた少女は体をゆさゆさ振り続けていた。
青年らはホテルの探索に出かけた。エレベーターで1階の商業施設へ降りることにした。1のボタンを押そうとしたところ、横から人形が勢いよく押した。青年に振り向いては喉を鳴らして笑った。
バーテンダーの前を通ると
「あそこに行ってみましょう」
「ごめん、エマちゃん成人に見えないから無理だ」
また、レストランを通るときも
「今晩はあそこでご飯を頂けるのかしら?」
「レストランは予約制で、今晩は食べられないんじゃないかな。そもそもご飯まで食べられるなんて知らなかったわけで」
などの会話をした。人形はいつも通りにゆっくりとはっきり話している。青年は内容によっては人形の耳元で
二階にあがると、そこは温泉施設であった。こればかりは人形もどうしようもないと思ったのか、あからさまに肩を落とした。
「もうおしまいですの?」
「うん、ちょっといいホテルだからいろいろ見られたね」
「そうですわね。でも何もできませんでしたわ。せっかく催しがありますのに」
両腕を後ろに組みながら話す人形は楽しそうであった。
ご飯を買うのに売店へ寄ることにした。階段を使って降りた少し先に和服の寝間着が何着も置いてあった。
「やまとさま。こちらのお着物、『ご自由にお使いください』とありますわ」
「ホテルにこういうのあるんだ。旅館にしかないと思ってたよ」
目を輝かせて青年をみている。『ご自由にお使いください』と書かれた立て看板を、指先でつんつんと突ついている。これくらいならと、売店によった後で選ぶことにした。
水玉かわいい!こっちはシンプルすぎるわね。などの感想をかわいげな声で投げかけた。人形が自分の着物を選ぶと『やまとさまにはこちらがお似合いになられてますわ』と言い、青年の分まで決まってしまった。
「たしかにいいね。こっちもよさそう」
「これですわ!これを着てほしいのですわ!」
着物に伸ばした手をつかみ、人形はほほを高揚させてすごんだ。数人の集団がほほ笑み声をあげながら後ろを通りすぎた。日本文化を楽しんでいる外国の少女に見えていたのだろう。青年からみても、そう映った。自然と気がほぐれ選んでくれた着物を持ち帰った。
「さあ!着替えましょう!やまとさま」
「帯のつけ方わかる?」
「調べればわかりますわ」
なぜかスマホを使えるハイテク人形は検索をかけた。
「……いけますわね。やまとさまのやり方をみさせてもらえれば、もっと確実かと」
入れ違いに脱衣所で着物に着替え、帯を巻きながらやり方を教えた。青年は黒の縦線が入った無地の着物に、青い帯を巻いた。人形は薄ピンクの下地にとりどりの花柄が、大小いろんな大きさで散りばめられた着物であった。白い帯は全体の派手さを引き締めた。
「よくお似合いになられていますわ!」
「エマちゃんもすごく似合っているね。いいの選んだよほんとう。ありがとうね」
「写真を送りますの?」
「うん、美来さんが欲しがっているからね」
スマホを取り出したのをみて、人形は壁に隣接してある机まで駆け足に移動した。そこに置いてあった自身のスマホで写真を撮りたいと申しでた。
「わたくしも写真を撮ってみたいの」
そういうなり青年にすり寄って自撮りを決行しようとしていた。
「もっと近くにいてくれませんと、うまく収まりませんわ」
「僕まで撮る必要はないんだよ」
「この方が美来様もお喜びになられます。それにやまとさまと写真に写りたいのです」
急に近づいてきた人形に思わず身を引いてしまう。なにかとからだを押し当ててくるが、それに慣れる様子はない。人形は逃げないように青年の手首を握り、人形自身のおなかに押し付けて固定した。背中で青年を壁に追いやり、もはや身動きがとれない。青年は顔が赤くなってませんようにと目をぎゅっとつむった。
「撮りますわよ~」
「エマちゃん!これじゃうまく撮れないよカメラ正面からじゃなくて斜め上からとかの方が」
「カメラを向いてくださいまし」
「だから多分これじゃ」
「3.2.1、はい!」
カシャッと音が鳴り響く。撮る直前に交渉は無理だと悟った青年はうまく映ることに徹した。
体勢はそのままに、どれどれと人形は撮ったばかりの写真を開く。青年は後ろから恐る恐る写真を確認した。手前でウィンクをして笑っている人形。すぐ後ろにぎこちない笑い顔の青年。置き場をなくした片腕がチョキともパーともいえない形になっている。案の定、ゆでだこみたいに真っ赤になって映っていた。
「これは!なかなかではありませんか!」
「……それ消してさ、もう一回とろっか」
「撮るのは構いませんの。消してはいやだわ。わたくしの初めての写真ですもの」
「……もう一回とろっか」
もし茶化されていたら、青年は何をしでかすかわからないほどに羞恥心を抱いていた。まぶたは細長に鋭く広がり、黒目はふるふると
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