世に愛されたい

第14話 災いの元

 青年らは飛んできたのでホテルに予定より一時間ほど早く到着していた。ホテルは基本的に15時以降なら早くチェックインしても問題ない。受付スタッフに一応は『すみません』と一言謝ってから入室できるか聞いた。業務に支障はないと見え、受付の男性はすんなり快諾してくれた。


 部屋のカギをもらいエレベーターで向かう途中、青年は後ろから視線をひしひしと感じていた。おそらく人形に向けたものであろうと無意識に息を吐いた。

 彼は経歴で後ろ指を指されることが多い。25歳でフリーター。唯一自慢できることは世界遺産検定マイスターという点であった。金色の砂糖をまぶしたようなザラザラ模様の認定証だけが、ぽつんとさびしくカードケースにしまわれている。


 人形のガイド役に自信があったのもその点であった。世界遺産に詳しく、暇な人間は青年だけだった。しかし、本当のところはISEの職員だけでもガイドには事足りる。青年が抜擢されたのは上層部の思惑があったわけだが、彼はまだそれを知らない。


 青年らは学生カップルが奮発して選ぶようなホテルを取ってもらっていた。和を基調とした内装で木の吐息が漏れていた。逃さんと鼻の奥まで広げて木香を取り入れた。クリアな香りを取り込んだ脳は青年に一つの気づきを与えた。


 それは受付の男性から場所を聞き、エレベーターから三呼吸した後の気づきだった。四角いキーカードの番号をみたときに緩やかな思考がよぎった。


 『そういえば、一つしか部屋取ってもらえてないのか。あぁ、寝る場所区切られてるのか』


 目的の部屋は目の前にあり、その考えが尾を引くことはなかった。ドアを開け、人形を手でお客さんを案内するときのようにさっと動かした。通された人形は同僚女性の叱責を怖がってか歩きがぎこちない。艶のある銀髪ごしに目が地面とにらめっこしていた。


 笑っては悪いと腹に力をこめるが喉で一度だけ『う”』とうめき声が出ていた。少女の同世代よりは少し広い背中をみながら寝室に入った。

 ダブルベッドが一台置かれてあった。部屋は他にあれこれとあったが間取りとしては十分な広さがあった。にもかかわらず青年にはベッドが両目の端から端までを占領していた。


 先に入っていた人形が地面との対決を終えて、のびのびと両腕を左右に広げながらベッドにあおむけで倒れこんだ。その衝撃で色っぽい喘ぎ声がこぼれ、たわわな胸部ごとからだをはねつけた。


「え”え”?!」


 忽然と視界に入ってきた人形。その年に似合わない二ツ山は火のごとくゆらいだ。青年は呼吸も忘れてベッドに取りつかれていたが九死に一生を得た。

 信じられないものをみた戸惑いの声に人形はからだを起こした。両手で上体だけを起こし、眉間にしわを寄せていた。


「わたくしにお粗末なところでもありましたの?」


「……信じられない光景だと思ってね。寝室は別だと思ってたから」


「まあ。お気になさらないで。わたくしは人形ですから」


 青年は二ツ山の奇跡を伝えないことにした。これから一緒のベッドで夜を過ごすというのに、乳房に命を助けられましたなどと言えるはずもない。


 青年は近くにあった椅子に深く腰掛けた。しかし背中はしっかりと丸め深い考えをするために両の指先を合わせた。一種のトランス状態に入っていき二度目の気づきを獲得していた。


 『まことに、男という生き物はつらい。イチモツは災いの元であるな』


 ほほを膨らませ、ため息をはいた。下腹部から湧き上がる厄災を払うために両親の顔を思い浮かべていた。

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